7/1(水)
アンサンブルレッスンに参加した生徒さんたちに、フォトブックというチビ写真集を配っている。作業も難しくなく1冊300円で作れる。大変好評でみな喜ぶ。
レッスンではいつも、互いに忘れる危険性を回避するため、最初にレッスン代を受け取っている。しかし「フォトブックを渡す」という仕事があると忘れがちだ。
フォトブックを配り終えたら、今度はおとあわせ会の案内・勧誘がある。これも危険だ。だいたい生徒さんと会話が盛り上がると、受けとるのを忘れる。

7/3(金)
京田辺の歩歩さんでパンを買い歩いていると、「めーぐーみーさーん!」と声が聞こえた。顔をあげるとメイちゃんの母ちゃんが自転車で走ってきた。
メイちゃんは、6/7のアンサンブルレッスンの翌日に腕を負傷して、バイオリンが弾けなくなっていた。そんなタイミングってある!? 7月半ばからレッスンに通いたい、と言っているそうだ。9/13おとあわせ会は、京田辺シュタイナー学校の行事を確認して決めた日取りでもある。
10/3には大人のためのおとあわせ会 もあって、参加しそうな生徒たちの課題曲を考えているところだった。多くは自分で弾く曲を決めるが、決められない生徒もいるし、先生が決めたほうがいい生徒もいる。メイちゃんは大概自分で決めるので、それに任せるか、少し難易度の高い曲を先生がえらぶか、迷っていた。腕のことを考えると無理しないほうがいいかも。
易しめの曲だと安心して参加できる子供もいれば、難しい曲をやりたがる子供もいる。おとあわせ会が終わってすぐ、「次のおとあわせ会はいつ?俺この曲をやる!」という子もいる。ハルくん ヒカちゃんなどはそのタイプだ。
本人が「わたし○○にする!」という場合は概ねその意向をくむ。昨今は学校生活・社会生活において、大人が決めたことに従わねばならないことが多いからだ。おとあわせ会の演奏順もクジ引きだ。先生は決めない。
アイちゃん コユちゃんは曲をあまり知らない。「やさしいヴァイオリン曲集<上>」の本でも知らない曲が多かったりする。そのため先生は提案できる曲を考えておく。最近の子供たちは日本の歌を知らない傾向にあるので、わらべうたの耳コピープリント などを作って、日本的旋律の強化につとめている。
曲を知らない子供が増えている。16年前バイオリン教室を始めて、「春の小川」を知らない子がいることに驚いた。「きらきらぼし」は今のところ全員知っている。数年前から「聖者の行進」を知らない子供がぽつぽつと出てきて、今年5月から習ってるユウくんが「ロンドン橋」を知らない初の子供となった。
普段のレッスンから、弾きたい曲があれば先生はそれを止めない。とくに習い始めは、本人が気乗りしない様子がみえれば、その曲は飛ばす。
過去にはバイオリンを習い始めていきなり、G線上のアリアに取り組んだ生徒もいた。G線上のアリアに聴こえなかったけど、本人は嬉しそうだった。そうしてモチベーションが維持できるなら やりたい曲をするのがいい。バイオリン・ビオラは地道な練習を積み重ねないと上達しない。やる気・楽しさが続くことが最重要だ。
アニメ「青のオーケストラ」にはまってバイオリン教室にやってきたソウくんは、数ヶ月して「オレ、ドヴォルザークの新世界がやりたいんだ」というので先生は許可し、初参加のおとあわせ会で第4楽章を弾いた。1stバイオリンの最初の1頁だけ。音程の高いところは1オクターブ下げて。ピアノの先生の助けもあってなんとか新世界に聴こえた。
曲選びにかかわらず、レッスンで生徒に提示するのは、だいたい準備したことの1/3だ。先生業を始めたころは、準備したことの1割しか陽の目を見なかった。でもそうして打率?は高くなっていくのだ。今では想定外の事態になっても、なんらかの策を取りだせるようになった。

7/5(日)
ヒカちゃんには、京田辺音楽家協会が主催する「アンサンブル体験会」に出たい、という夢がある。と聞いたのは去年の秋だった。「アンサンブル体験会」の課題曲はスズキの4巻以上。ザイツ、ヴィヴァルディ、など。
ヒカちゃんは「子供のためのバイオリン教室<上><中><下>」を終えたばかりでスズキはまだだった。その時点での力量では(ムリやろ)と思ったが、発表会にむけて4巻で一番易しいザイツの協奏曲を弾くことにGOサインを出した。
やりたい気持ちというのはすごいものだ。2026年2月の発表会、若者たちのなかで、本番中 迷走しないで弾けたのはヒカちゃんだけだった。あっぱれ。
その後ヒカちゃんは、これまであまりやる気を見せなかった演奏フォームの修正に取り組むようになった。めきめきと腕を上げ、今日はスズキ1巻の無窮動とその変奏が一発OKになった。先生は言った。「9/13のおとあわせ会では、スズキ4巻からどれでも好きな曲を選んでいい」

7/10(金)
どの教材だとやる気が出るか、どんな教え方が合うか、どんな言葉が琴線に触れるか。生徒によって様々だ。レンくんは「やさしいヴァイオリン曲集<上>」に非常に興味があるらしい。はっぱをかけなくてもドンドン新曲に取り組む。「子供のためのバイオリン教室」はつまらないようなので、使うのは止めて、「やさしいヴァイオリン曲集」だけにした。
シャープやフラットの音が出せなくて首をひねっている。先生は左2指の置く位置について、シャープあるなしの見分け方、左1指の置く位置について、順次説明をする。自分の脳裏にあるとおりの音が出せると、パッと嬉しそうな顔をする。ハ長調のスケール「2オクターブ+アルファ」をいつ教えようか考えている。
体の使い方がヘタだ。動きを阻害するもの(ダイオキシン、スマホの電波、香りのマイクロカプセル、ナノプラスチック)がいっぱい飛んでいるのだから致し方ない。とくに右指で弓を握りしめているのが気になるが、修正しようと試みても関心が向かない。いつか、握りを直さないと今以上うまく弾けない、という臨界点に来るだろう。体は1カ月でも若いほうが直りやすいのだけれど。
その点モトちゃんはすごい。体の動きがよくなければバイオリンは上手に弾けないことを理解している。彼女の運弓の動きはたいしたものだ。左肩がなかなか直せない。どうしてあげたらいいだろう。
7/20(月・祝)
今日は金土日とお休みした振替日で、大人の生徒さんたち3組が来られた。
最後のレッスンはベートーベンの弦楽四重奏曲 第4番の第1楽章。宇治フィルの生徒さんたちが団内のアンサンブル大会で弾くのだそうだ。
手堅い2ndバイオリン奏者でありながらメロディラインが苦手だったシブさんが、素晴らしい1stバイオリンを弾けるようになった。フジさんは右手の握り・運弓が良くなっている。ちょくちょく私にしごかれているタナさんマツさんは、指摘をすぐ理解して自分の演奏をアップグレードできる。
これまで個の力が足りないと感じていたが、違うフェーズに入ったかもしれない。全体として聴いたときに何か足りない。いつも改善箇所を発見するためにスコアを見ているが、次のレッスンは見ないで聴いてみようかな。

7/24(金)
最近来だしたビオラのタケさんが、大学オケ初心者で、弾きだして3年にもかかわらず上手だ。幼少期の習い事にピアノや、中高では吹奏楽をしていたそうなので、音楽的な感性ができているのだろう。
体の動きも悪くない。運弓=右腕の動きは基本的なことができている。運指は指の形、手首、肩に課題がある。
教本に SITT(ジット)を使ってみることにした。スケール的練習とエチュードが交互に出てくる。後半へいくと難しいのだが、序盤はそう難しくない。1つめのハ長調スケールと、1つめのエチュードを宿題にした。
2022.04.07 ビオラ教本と、その使い方
器楽をやる上で音楽的な感性は重要だ。オケばかりやっていると、これが育っていないことがある。オケで弾くと、音楽全体のパーツを担当するからだ。音楽的でない演奏はただの「運動」だ。楽譜通りに音符が弾けることを競い合うのは、ただの「競技」。
音楽的な感性といわれると、イコール才能で、大人になってから育てるのは無理と思われるかもしれないが、そんなことはない。そもそもバイオリンが好き、オケが好きという時点で、その人には音楽的な感性が備わっている。10年に渡ってレッスンでダメ出しをされたのち、素晴らしく音楽的な演奏をするようになった生徒もいる。

7/29(水)
豊嶋泰嗣さんと室内楽でよく組まれている、ピアニスト上野真さんの公開レッスンに行った。会場は、防音室を購入 するときに足を運んだヤマハミュージック大阪なんば店だ。土地勘がないので1時間余裕を見て出たのだが、近鉄電車が遅れて、降りてから迷子になって、1曲目が聴けなかった。
公開レッスンを聴講するなら、最初のほうの生徒、上手でない子のを聞いたほうがいい。そのほうが参考になるからだ。2曲目はブラームスのソナタ第3番 第1楽章、大阪音大3年生の子だった。
ピアニスト最大の腕の見せ所は、平均律の音をいかに濁らせないか。だと思っている。平均律を同時にフォルテで鳴らす音など聴きたくないから。ブラームス、楽譜は持っていないし曲も知らないけど、きちゃなそうだな、と思ったらやっぱり汚かった。ところが先生が弾くと、やっぱり澄んでいた。芯がしっかりしていて、その周りにほんわり倍音がある。
叩き方についての指導はなかったが、姿勢について、単語のまとまりについて、強弱について、先生が整理すると、きちゃなさが無くなってゆく。音楽的なことについては楽器が違っても一緒で、曲を知らなくても食い入るように聞いた。
ピアノは弾く仕組みがわかりやすい楽器なので、バイオリニストが聴講しても大変参考になる。運指についてもそうだった。ドレミを321から212へ。膝の上でやってみるだけで運びやすいのがわかる。バイオリンを弾く仕組みを知らないピアニストが、バイオリンの運指について聞いてもさっぱり分からないだろう。逆の立場は得なのかも。
ペダルだけは分からない。ペダルをどこでどう踏むかによって単語が変わるのだ。ということは分かった。うちの電子ピアノのペダルを捨ててしまった私。いつも伴奏にきてくれるmomo先生には「ペダルの意義がわからん奴」とバレてしまった。
先だっての発表会、「愛の挨拶」のピアノ指導をmomo先生がしているのを横で見ていたが、すごかった。まびく音、使う指。当日演奏を聴いた方は、実際の楽譜から半分の音符をカットしてるなんて思いもよらないでしょう? コードの箇所なんて半分以下ですよ。フィンガリングの付け方も見事だった。

7/30(木)
引っ込み思案のKちゃん、おとあわせ会に参加することにした。一大決心! 当日お母さまは送迎できないので「自転車で行き」と言う。普段から体をよく動かさせているご家庭である。これまで京田辺市から自転車で井手町教室に通っていた中高生はいたが、暑さや雨などもあるし、少し心配だ。
ご近所さんのSちゃんママに連絡。Sちゃんママは一緒に送迎してくれると言う。Kちゃんママに連絡すると、喜びつつも、「本人が自転車で行く気になっているので、Sちゃんママにお礼の連絡を取りつつ、考えます」との返事。さすが。
ちなみにSちゃん級友のMちゃんは、自転車でレッスンに来ているが、雨の日はなんと歩いてくる。彼女は骨格も筋力も発達している。けれどバイオリンを巧みに演奏することはできない。身体パーツの連携プレーを阻害している何かがあるのだ。光化学スモッグという言葉が使われだしたのは55年前だが、今われわれの周りは身体の動きを阻害するものだらけで、最もキツイのは電磁波スモッグだと思う。
「タイスの瞑想曲」にとりくむ大人女子が増えている。4月にムラさん、5月にタカさん。そして 6/7アンサンブルレッスンで2楽章の1stソロ を弾いたアユさんが、次の曲にタイスを選んだ。
8/1(土)
2カ月に1回やってくる枚方市のスミさん。京田辺市の自宅教室でレッスンしていたころは3週間に1度きていたが、私の教える拠点が徐々に枚方市から遠ざかったため、無理なく通えるよう自分で間隔をあけていった。
これまで先生を3人変えたが、自分のやりたいようにさせてもらえなかったと言う。スミさんのこだわりは尊重しつつ、バイオリンを上手になってもらうために変えるべきは何か、を考えるようにした。「何を弾くか」については、生徒が好きなものを弾いたらいいと思う。基礎練習を全くしない子、クラシックを全くしない子もいる。それと、上達する・しないは、別問題である。

8/9(日)
高槻市で整体を受けたあと京都市内で買い物。三条河原町のあたりに来たら十字屋に寄る。(大阪梅田に出たらササヤ書店に寄る。)付属品と楽譜をチェック。分数バイオリン用の顎当てカバーが欲しいのだが、無い。ネットで買うと送料がかかるからなあ。
楽譜は、ビオラ教本 sittの「ビオラスクール」を見たかったのだが、これも無い。次々と新しい教本が出るピアノ市場とくらべ、バイオリン・ビオラの棚はいつも代り映えがしない。だが生徒さんの顔ぶれが変わると、教本内容への見る眼が変わり、昔スルーした楽譜を採用したりする。
レッスン袋と出席カードも大切だ。今年度 男の子に配ることが多くて、気がつけば、女の子向きのものしか残っていない。7月レンくんに新しいレッスン袋を選んでもらったとき、レンくんの「どれも気に入らない」気持ちがひしひしと感じられた。
8/9(日)
「N響の3コンマス」というテレビ番組で、N響のリハーサル風景を観た。ズヴェーデンという指揮者のわかりにくい英語をみな聞きとっていた。プロの演奏家には必須のスキルなのだった。
若かりしころ英語で指導を受けるマスタークラスやオケに幾度か参加したが、自分には少し内容のレベルが高すぎたと思う。自分に相応しい「場」や「先生」がなかったので、苦し紛れに行けるところに行っていた。
聴講もよく行くが、最近は日本語で話してくれる先生のところへしか行かない。言葉の選び方・使い方から察することのできる内容が、極めて大事と思うからだ。通訳を介すると情報が減る。
N響コンマスの話に戻る。郷古 廉(ゴウコ スナオ)さん恰好よすぎ。どこからどう見ても俳優さんとしか思えない。なにか頼まれたら何でも言うことをきいてしまいそう。(頼まれないけど)
長原幸太くん、立派なオジサンになってしまった。変わりすぎ。初めて見たのは彼が高校生のときだったか。五嶋みどりとドヴォルジャークのテルツェット(Vn2+Va)を弾いていたが、五嶋みどりより幸太くんの音色に耳がいった。
川崎洋介さん、センチュリーかシンフォニカの演奏会で、リヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」のソロを聴いた。腰が抜けるほど美しかった。
8/13(木)
最近とてもよく練習している。生徒の曲がメジロオシだからだ。先生だって目標がないと練習しなくなるのはニンゲン同じだ。
10/4大人おとあわせ会の独奏曲、タイスの瞑想曲、クライスラーの小品、アッコーライの協奏曲、などなど。弾けるだけでは教えられない。自分が何故ソコを弾けているのか、観察して分析する。
それらに加えて室内楽曲、ベートーベンの弦楽四重奏曲、フルート三重奏曲。予習としてはこちらの方が難しい。全パートのことを考えなければならない。加えてオケの曲。ありがたいことである。
器楽奏者から指揮者への転身はピアニストが多い。続いて打楽器奏者・金管奏者。金管より木管は少なく、さらに弦楽器、なかでもバイオリン出身は非常に少ない。メロディのみを担当することが多いほど、全体像を把握するのが不得手になる。
チャイコフスキー「冬の日の幻想」のバスドラムで本番に乗ったことがあるが、楽譜の書かれ方を見て、打楽器奏者が指揮者になる理由がよくわかった。バイオリニストが指揮者になりにくい理由も、よくわかった。我々1stバイオリン奏者は、電柱をのぼったりおりたりするアリンコ達を、その曲のあいだ中ひたすら追いかける。脳の器が大きくなければ俯瞰は難しい。

