3/1(日)
父の一回忌で実家の浜松に帰省した。母と弟と私、3人集まることはそう頻繁にはなく、いろいろと議題がある。母が今後のお寺さんへのお布施について話しだした。

父は生前、先祖(自分の両親)墓参りの際、自主的なお布施を年2回していた。今回新しく父のお墓を作った(父は三男)ので、お布施が年4回になる。
①年4回でいいか?
②その支払いは、誰がどんな方法でするか?

「お布施が年4回になる、のは、あなたが決めたのか?」と私が尋ねると、違うと言う。
「お寺が決めたのか?」と尋ねても、違うと言う。
マスエさん(父の妹)が年4回にし、って勧めるし・・と言う。
「マスエさんが勧めたから4回に決めたのね?」と聞くと、ごにょごにょ(決めたのではない)と言う。

どうやら年4回に対して娘と息子がYesと言えば、それは「決まった」ことになるらしい。「決めた」のではなく。

些細なことだと分かっている。けれど、だから真珠湾に突っ込んでったんと違うの?と、私は思ってしまうんである。第二次世界大戦後、戦勝国がどう調査しても、私が戦争を始めると決めました、という日本人はいなかった。民衆もみな、私は本当は反対だった、と言った。
そうした私を親は「おかしい」「屁理屈」といって育てた。生徒のハルくんなどかなり屁理屈であるが、「そうか君はそう考えるんか」「先生の言うことを鵜吞みにしないのが君のいいところやね」と言ってあげる。本当にそう思っている。

法事のあと、非電化工房オンライン塾で出会った友人2人と会った。塾生は全国に散らばっていて、東京近郊のメンバーがやはり多いのだが、京都~静岡にいる3人が「3人だけなら都合を合わせやすそう」と話していたのが実現した。
昨年12月に非電化工房を訪ねて直接会った住み込み弟子ダイチくん達もそうだったが、人混みのなかに彼らを見つけたとき、その存在がひときわ大きく見えた。彼らと話しているとすごいのである。人から、本から、自分の生き方や価値観をゆさぶられることは誰でもあろうが、それが話しているあいだに何度も起こるのだ。
私は京都南部で農的暮らしができたらいいな、と思っているのだが、岡崎市の仲間は、市内の額田地区という中山間部に住みたいのだそうだ。

フォレストガーデン冬の畑。まん中にあるのは日本ミツバチの巣箱。

3/8(日)
実家に泊まらせてもらい、浜松市にあるフォレストガーデン冨塚という場所へ行った。冨塚は、実家から直線距離で数km北にある町だ。
日曜はガーデン内を案内してもらうツアー。農園のスタッフ達が自分のことを「レジデントスタッフ」と自己紹介するのだが、脳内で翻訳するのに数秒かかった。「住み込み弟子」じゃん。非電化工房ではそう呼ぶ。そして男子が多い。フォレストガーデン冨塚では女子ばっかりであった。非電化工房のボス藤村さん、2025年は女子がいないので周りが片付かない、とこぼしていたらしい。

午後は希望者のみのガーデン作業に参加したが、初春は農作業があまりないのか、杉の丸太の皮むきをした。主催者さんは少し恐縮されていたが、こういう作業の方が好みだ。また残ったメンバーはおばさんが多かったが、そのおばさん達のよく働くこと。みんな私みたいやん。
丸太は、愛知県岡崎市の額田地区から、使い道のない細いものをもらってきたそう。午後の参加者のなかにも岡崎市からきた人がおり、父の代まで製材をなりわいとしていたと言う。更にフォレストガーデンの主催者さんは岡崎市に仕事現場がいくつかあるとか。

月曜は 水循環の修復ツアー。2016年から川口由一さんの自然農、矢野智徳さんの大地の再生で学んでいるが、豊かな暮らしをするには土壌中の「微生物」「水」「空気」を知ることがカギだと確信している。本やネットなど情報は増えているが百聞は一見に如かず。実践している場所を解説してもらったり、作業に参加できる機会ほど貴重なものはない。

ある参加者さんが、地元に高速道路のインターチェンジができてからの話をしてくれた。「広大な森林を伐採して10年が過ぎたころから、湧き水が枯れ出した。湧き水を利用していた地場産業も立ちゆかなくなった。けれど今日の話を聞いてまだ出来ることがあると知った。」 握りしめた手のうえに涙がぽたぽたとこぼれていた。

この2日間まったく加減せず喋ることができる。世の中こんな人ばかりと錯覚しそうだ。日常生活では相手によって、自分の価値観を何割減にして会話をするか、いつも神経を使っている。

後脚で立ちあがり、車に前脚でキックするヤギ。何故に?

3/14(土)
京田辺の天然酵母パンのマテアさんが訪ねてきた。加減せず喋ることのできる人だ。発表会を観にいきたいが体調がすぐれない、と言っていたので、後日フォトブックを郵送していた。それで河津桜と恵先生の顔を見よう、とご夫婦で来てくれたのだ。
このへんに「風の学校」ってのがあるらしいが知らないか?と聞く。80代のジジ達もいて、こんなこんなで、と話を聞くうちに、カヨちゃんが立ちあげた居場所だとわかった。行き方を教える。カヨちゃんは私がコヤギを見つけたとき、畑につないで飼ってもいいと言ってくれた人だ。

3/15(日)
今日はヤギLOVEのテラさんに車を出してもらい、京田辺市の甘南備山まで枯葉を取りにでかけた。ふもとのkinco-yaカフェでお茶し、愛栽家族(園芸店)にも寄って緑肥作物・飼料作物を探したがなかった。盛りだくさんの1日。90L8袋を積んできたが、二週間くらいで消えると思う。5分はヤギが食べ、9割5分は糞尿と一緒に土に還る。

3/22(日)
昨年 山中に放置されているコヤギを見つけた とき、「大丈夫、私はヤギのことを知ってる」「だってコバヤシセンセイの本をずっと読んできたから」という妙な自信があったのだが、それは大いなる間違いだった。思い出したのは「ヤギはよく脱走する」「クズの葉が好き」「脱走したとき他の先生が大事にしているバラを食べてしまった」ということくらい。

私の自信を打ち砕いたのは「なぜヤギは車好きなのか?」という本。読んだことは覚えていたが、内容は忘れていた。なぜヤギが車にキックをくらわすのかが解明した。突然謙虚さを取りもどした私は、コバヤシセンセイの本を一冊づつ最初から、読みなおしている。驚くべきことに9割の内容を忘れている。(もちろん図書館の本だ。借家なのを言い訳に本は原則買わない。)

図書館で偶然発見! 新刊だったときに読んでいたが、存在すら忘れていた。

3/23(月)
前から使う機会をうかがっていたのが「オシッコ受け」だ。小さなダンボール箱の内側にビニール袋を張り、中に新聞紙をやぶいて入れてある。今日はヤギがすぐそばでオシッコを始めたので、チャンス!と思い、箱を体の下にサッと入れたら、びっくりしてオシッコが途中で止まってしまった。ごめんよー。テラさんに話すと、犬用のウンチキャッチャーはどうかと言う。後ろ脚のあいだから入れるのだそうだ。一度使われているのを見たことがある。

3/26(木)
テラさんと第2回目の甘南備山 枯葉集め。道行く人が「お掃除してくれてるんですね。ありがとう」と声をかけてくれる。「ええ、まあ」とあいまいな笑みをかえす私たち。井手町の玉川沿いでも枯葉集めをしていると同じ現象がおきる。
作業も終盤に入ったころ、京田辺市と書かれた車両がメインの道路に何台も集まってきた。メイン道路わきの山道から、そーっと様子を伺う。悪事を働いているわけではないのだがドキドキする。私たち一番の心配事は、山道から下へおろしている枯葉の袋を、持っていかれないだろうか? であった。あいまいな笑みできりぬける。終わってから kinco-yaカフェでランチ。

テラさんに散歩してもらうあいだ、私が枯葉をまき、ウンチ掃除をする。どうやらヤギはテラさんを仲間と認めたようで、服の端をはみはみし出した。1人と1匹のときより、2人と1匹のほうが楽しそうだ。「群れ」と感じるのだろうか。里親さんから夜「今日はご機嫌でした」とメッセージが来た。

まだ二週間たっていないが、気温のせいか前回の枯葉は9割なくなっていた。テラさんから「先生、夏になって枯葉がなくなったら、どうなるんでしょう?」と聞かれるが、「誰もわからない。みんなヤギは初めてだから」と答えにならない返事をかえす。

ヤギは冬は枯草、夏は青草を食べるそうで、最近あまり枯葉を食べない。飼い主さんがくれる牧草以外に、青草、とくにカラスノエンドウが好きだが、樹木の青葉も好きだ。住処の丘のまん中にはカシの樹が生えており、下のほうの青葉や若い茎が齧られている。ゆらゆら揺れるミモザの枝にも飛びついて食べる。こちらも下のほうの枝は葉がない。

テラさんはまだ「この子の茶色は汚れてるのとは違うんですか?」「ちょっと白くなってきてません?」と言う。ベージュ色のヤギは、どんなに検索しても、本を読んでも見つからない。この体形(柴犬サイズ)の大人も見つからない。君は一体何者だい?

この写真の右端に勝手口があり、その横には台所の窓がある。

3/27(金)
年末からなるにかけ庭の椿が次々と咲く。大家さん曰く、ここに住んでいた義父は椿が好きで、仕事で遠方へ出かける度、その土地の椿を買ってきて植えたそうだ。
長年除草剤により疲弊していた庭木たち。私がお世話するようになってぐんぐん元気になった。除草剤をまく隣家との境にある2本は、我が家側だけ花が咲く。台所の窓からこちらを覗きこんでいるようだ。葉もこちら側だけ緑色で生き生きとしている。

前庭で作業していると柴犬のアズちゃんが通りかかった。飼い主さんとしばし談笑。と、隣のジジが川べりに除草剤をまきだした。飼い主さんがハッとした表情で、気をつけなくちゃ、と言う。ジジの視界に、アズちゃん・飼い主さん・私は入っていないようだ。雑草→邪魔→除草剤という回路ができあがってしまってるのだろう。

生徒さんの成人したばかりの娘ちゃんが、最近外に出れなくなったそうだ。本人にも親御さんにも辛いことだが、現代社会に対する正常な反応ともいえるのではないか。
例えば電車に乗るとき、こちらが降りようとしているのに正面から乗ってこようとする人がいる。他者の存在に鈍感にならなければ、関心を持たないようにしなければ生きにくいから、皆そうなってしまっているのではないか。除草剤をまくジジのように。
私も自分がそうなっているという自覚がある。会社員をしていた終盤が最高にひどかった。だから町内を歩いていて、誰か人がいたら、こんにちは、と言うように自分を育てなおしている。毎回じゃないけど。

いっそのこと若者が全員、家から出れなくなったら、社会を見直さざるをえなくなるのではないか。「羊飼いの暮らし」という本のなかで、600年続く家業をついだ著者のファーマーは、「戦争になったときが一番、価値ある存在だと認めてもらえる」と言っていた。深く唸らされた。図書館にヤギの本はそう多くないので、牛やら羊やらの本まで読んでいる。

ホウキに気を取られて、新聞紙に気づかないヤギ

3/30(月)
今日はオシッコ受けとして、わずかに湿らせてクシャクシャにした新聞紙を、ポケットに入れて持っていった。
ヤギはいつもオシッコしてくれるわけではない。1-2時間一緒にいて全くしないこともある。ウンチのほうが頻度が高い。30分くらい散歩すると、散歩中か散歩後にウンチする確率は高い。
運のよいことに今日も散歩後にオシッコをしだした。彼に話しかけて注意をひき、片手でさりげなく新聞紙を地面にほってみた。半分くらい吸わせられた。(のちに新聞紙ではなく古タオルにしたら9割くらい吸えた。)

ヤギのお世話のあと、山城多賀のJAに行って、牧草の種を注文した。ひとくちに牧草と言っても選択肢は無数にあり、京都南部の気候に合ってるもの、ヤギが好きそうなもの、アルカリ(ヤギのオシッコ)に強いもの、早生(早く再生してほしいから)、量と値段という条件から考えなければならない。
オーチャードグラスとエン麦はネットで手に入れたので、JAの窓口ではイタリアンライグラスとアルファルファを頼んだ。ひとくちにイタリアングラスと言ってもこれまた無数にある。素人にはどれを選ぶか難しい。JAでは、問屋さんが「これが良いと思う」という品を選んでくれた。ネットで四苦八苦せず始めからJAに来ればよかった。メーカーはどちらも雪印種苗。やっぱりそうかと思った。昔 緑肥作物を探したとき、雪印種苗は好印象だった。素人がネットで探すとまずタキイ種苗、それからカネコ種苗が出てきて、雪印はそうない。

4/1(水)
ヤギが草を食べつくしてしまった丘に、土壌微生物を活性化させる バクチャー という資材を撒いてみた。効果のほどは明確でないが、これまで田畑に色々な資材を試してみて、比較的よさそうだとリピートしている製品だ。

頑張った自分のためにおやつを買いに大西商店へ行ったら、「今年は桜の花が減ってません?」と声をかけられた。去年から桜の木が疲弊しているように感じていたが、ほかの人も気づくようになったのだ。
私が井手町に引っ越してきた2020年、人間は河川敷に対して何もしなかった。2021年もほぼ手つかずで、桜ははつらつと咲いていた。蛍もたくさん舞っていた。西高月のウチの庭にまよいこんだ蛍もいた。

それが2022年ごろから土木作業が入りだした。草を刈ってビニール袋に入れ、車で運び、焼却炉で焼く。ほっておけば自然に還るのに。控えめにそう口にしてみるが、同意してくれる人はいない。
重機で土をさらいコンクリートを張る。越してきたときコンクリート率の高い河川敷だな、と思ったが、まだまだ増やすらしい。予算を執行して、地元の土建業者に還元するためだろう。

蛍はぐんぐん減りだした。2021年はそこかしこで舞っていたのに、2025年は2-3匹しか見かけなかった。今年は例年以上に徹底して有機物を持ち去っているので、蛍はもう誰にも見つけられないだろう。聞けば、在来種のカエルを復活させようと、まだ生息している地域からカエルを運んでくる活動があるらしい。餌も住処もないところに連れてこられて、カエルはどうやって生きればいいのか。

観光客の「ここの桜が一番だね」みたいな声が聞こえた。ここが一番なら、よその桜並木はどうなっているのだろう。「除草剤はちょっとどうかと思うんですよね」と言うくらいが私にできることだが、それでも地域の人はよかれとウチの前にも除草剤をまく。

4/5(日)
滋賀県高島市へ友人の家づくりの手伝いに行く。今日は何度目かの 竹小舞を編む 日だ。まず編む面積に合わせて竹の長さを切る。そして竹細工などでも使う、竹を縦に割る鉄器をつかって、モノサシのような形の部材にする。それを縦横に組合せ、シュロ縄でとめる。後日そこへ土を塗りつける、という段取りだ。

現場はJR近江高島の駅から歩いて10分ほど。友人には「駅からは歩いて行くね」と連絡していた。ところが前日の晩「駅に車で迎えにいくよ」と連絡があり。「駅から徒歩の参加者が1人のばあい、迎えに来なくていい」と返したが、「大丈夫、行くよ」と返事があった。友人の、私を大切にしてくれる気持ち(そういうのに弱い)が感じられて、迎えにきてもらったのだが、やっぱり歩きたかった。こういう時は婉曲な言い回しではなく、ハッキリ言ったほうがいいんだな、と思った。

一番の理由は地球(自分の生息地)を汚したくないから。二番目は健康のため。「地球を汚したくないから」と言うと、ちょっと偉そうだし、そう考えない人を見下しているような印象もある。私が人からそう言われたら、そう思う。ようは、常にそうした理想を遂行しているワケでもないし、できる範囲内のことをショボショボしているだけ、と分かってもらえたらいいんだけど。

長いこと友人や親友は、「自然とできる」「出会う」ものだと思っていたが、7月に骨折して「作っていく」ものなんだと分かった。

骨折の時むちゃんこお世話になったセッちゃんが、巷のお菓子をくれようとしたので、「ごめんね、私はアミノ酸は食べないようにしてるの」と言って受け取らなかった。そう言ってもいい(友人関係の)頃合いではないか、と思ったから。実際セッちゃんは気にしていないようだった。けれど暫くしてまた巷のお菓子をくれようとした。そうならまた説明すればいい。
私はレッスンでもそうだが、「アミノ酸というのは、かくかくしかじかな物質で・・」と説明をしたくない。アミノ酸?なにそれ?と、能動的な思考が喚起されたらいいな、と思っている。人から情報を入れられるより、自分から情報を取りにいくほうが、自分ゴトになるからだ。

4/6(月)
ヤギのため、姫路在住で神戸の植物園につとめている友人が、職場で刈ったイネ科のワラを運んできてくれた。どう使うかのアイデアは今ないので、用途は里親さんに託して庭に積んできた。
友人はヤギが山にいたとき、二度も様子を見にきてくれている。なのにヤギは覚えていないようで、友人が少し距離をとって声をかけると、私のほうをみて少し不安げに「だれこのひと?」という顔をした。

稲ワラ(モミガラ・ヌカ)は、良くも悪くも分解されにくいので、長持ちする。だから土作りのためにモミガラやヌカを使うのはいいが、すぐ効いてほしい肥料として使うのは間違っている。枯葉はその逆ですぐ腐葉土になる。だからヤギのウンチ・オシッコ対策に運んでいる。
最近ハエが飛びはじめた。本によると、ヤギにはハエやウジがたかりやすく、そこから病気になったりするとか。今日は試しにヤギがいる丘の、北斜面の湿った枯葉を南に、南斜面にある乾いた枯葉を北側へ移してみた。衛生面でよさそうだ。枯葉の下では牧草の芽が出だしている。よかったー。これをヤギには食べないでいてほしいのだが。。

4/7(火)
井手町のバイオリン教室は、北に玄関と道路(玉川沿いの道)があり、南に庭がある。庭に風が吹くと、桜の花びらが雪のように降ってくる。陽差しの出ている日も美しいが、今日のような曇天でも風情があって美しい。

除草剤で草も虫もゼロだった庭に、思いがけない花が咲くと嬉しい。

4/10(金)
Peatix という会社が不愉快だ。一日に何通ものDMを送りつけてくる。「〇〇な方にお送りしています」と書いてあるが、私は〇〇に該当しない。(該当するDMもあった) こういう状態をほったらかすと、ちゃんと感じた方がいいことまで鈍感になってしまう。Peatixとの縁の切り方を調べる。
父は生前、amazonプライム会員をどうやっても退会できないと、ぼやいていたらしい。また父の死後、nifty有料アカウントを解約しようとしたが、幾度もトライして何頁も経由してやっと辿りついたページに「ご本人さまからの電話のみで受付」と書いてあった。ふざけるでない。

4/12(日)
甘南備山でテラさんと三度目の枯葉集め。下を見ながら山道を進んでいると、突然広葉樹の枯葉がなくなって松の葉だけになった。見上げると、周囲は松だけになっていた。京田辺市に住んでいたとき幾度も来ていたが、広葉樹の枯葉が無くなるまで集めたのは初めてだ。

枯葉を広げる前にまず三度目の牧草の種まき。イタリアンライグラス、オーチャードグラス、エン麦、アルファルファのブレンド。ヤギは牧草のなかではチモシーが好きなのだが、チモシーは寒冷地でなければ育たない。
ヤギが動きまわると、丘から枯葉がずりおちて所々土がむき出しになる。まず南側の乾いた枯葉を登頂にかき上げる。北側の湿った枯葉を南に広げて、新しい枯葉を北側に足す。
北側の排泄物でどろどろになった有機物や、ホウキで集めたウンチを毎回少しづつ持ち帰り、うちの庭の土壌微生物たちにも分解を手伝わせる。

テラさんは今日初めて持参したウンチキャッチャーで、見事ヤギのおしっこをキャッチした。コンちゃんが興味しんしんで使い方を聞いている。これ(ウンチキャッチャー)は今日持って帰るの?とのコンちゃんに対し、あげるよとテラさんは答えていた。

枯葉と、土壌微生物を活性化するバクチャーと、古タオルキャッチのおかげか、このところヤギ臭さがない。住宅地でヤギを飼う難しさは、鳴き声と臭いだと言われている。山に捨てられる前、&山に捨てられた頃、ヤギは大音量で鳴いていた。数百mはなれていても余裕でうるさかったが、今はほとんど鳴かない。安心できているのだろう。

4/14(火)
大家さんに畑に呼ばれて「酸性の土をアルカリ性にしたい(だから柑橘の実を置いた)けど、これでいいかな?」と聞かれた。突っ込みポイント満載で、無言しか返すことができなかった。
除草剤は土を酸性に傾けるけど、コンクリートの影響が大きくてアルカリ性に傾いている土壌のほうが多い気がする。

昨年6月末に骨折した右足首は、まだ組織が自分のものではない感覚だ。動きづらく、動かすと痛い。「元通りに治ります(治る症例です)」と言われたが、「元通り」は無理そうだ。年齢によるのだろう。
右足首に負荷をかけないよう無意識に動くので、体が左右不均衡になる。腰や肩などに違和感が出て、バイオリンも影響大だ。またリハビリ(=無理やり動かす)をしないと固まって動かなくなってゆく。筋トレ・ストレッチ・ウォーキングの日々は続く。
半年後の診察で、そろそろ片脚で爪先立ちはできるようになったか?と聞かれたが、とーんでもない。最近(10か月後)やっとできるようになった。もうちょっと良くするぞ!

4/15(水)
ヤギの里親さんが、ヤギの動画を送ってきた。コンちゃん(里親さんの子)の遊具で器用に遊んでいる。だんだん人間になってきた、と言う。
私もヤギの言いたいことが分かるようになってきた。以前からホウキとチリトリで掃除していると、ヤギが前脚でじゃましてくる。なぜなのか不思議だったが、最近ふと、自分も掃除したい(同じことがしたい)のでは?と感じ、彼の前脚にホウキの柄をからめて持たせてあげた。すると「できた!」みたいな得意げな顔をして私を見た。親バカだろうか?

と、ここまで書いて、恐ろしい考えが浮かんだ。ヤギとの意志疎通度が高まっているのは、私がヤギ化しているからとも考えられる。ヤギが人間化しているのではなく。もしどなたか「先生はだんだんヤギに近づいている」と気づいたら、私がヤギになってしまう前に教えてください。

4/20(月)
寒い季節がやってきた。アルプラザ京田辺の十字屋へ向かう車内で、まさか4月半ばの夕方5時に冷房がかかっているとは。夏は暑いの!(まだ夏じゃないけど) あぁ暑いなあ、と汗ばんでいる方が体調はよくなり、肌も垢が分解されてきれいになる。体の恒常化機能が維持され、使うお金は減り、地球を破壊せず、原発を動かさなくてよい。いいことづくめなのに。なぜそんなに安易に使う? 私が総理大臣になったら5月末までは冷房禁止にしたい。
実家にエアコンがやってきたとき、これって室内を冷やして室外を温めるんじゃ・・と思ったが、本当にその通りになった。いわんこっちゃない。会社員だった頃、寒さに耐えきれず何度か途中下車した。駅員さんに訴えたこともあったが、反応が薄くて驚いた。寒い!って訴える人、少ないんや、って。
在来線の窓が開けられたの、あれ良かったなあ。鈍行で実家に帰るとき、見知らぬおばあちゃんが、お菓子をしきりと勧めてくれたことを思い出す。

枝柄(しがら)の作り方を説明する坂田昌子さん

4/25(土)
京都市の梅小路公園で「土中環境改善ワークショップ」に参加した。午前は講師の坂田さんによる自然観察会、午後はワークショップでしがら(枝柄)の手法を学んだ。坂田昌子さんは、東京都八王子市の高尾山を拠点に、土中環境改善の活動をしている。

梅小路公園はJR西日本の車庫場の跡地。観察会の会場となった「いのちの森」は、20年前から植林が始まったと説明を受けたが、20年でここまでになってくれるのかと嬉しくなる場所だった。人為的な手入れは極力行わず自然のなりゆきに任せているそうで、公的機関が管理している森としては大変珍しい。
それにしても動物・昆虫の少なさを感じた。どこの生息域からもつながってない、コンクリートの道路で分断されているからだろう。環境省は「野鳥の減少率」調査を定期的に行っており、3.5%が絶滅へ向かう閾値らしいが、なじみのある鳥たちは軒並み3.5を切っている。スズメ、ヒバリ、ムクドリ、ツバメ。

午後に学んだ「しがら」とは、人が剪定したり自然に落ちた枝や枯葉などの有機物、またその手法のこと。「しがらみ」の語源でもある。小さめの枝と枯葉を使って、土中に湿り気のある空間を組んでいく。土と水が流出していってしまう比較的小さめの区画でおこなう手法。その場の状態が経年によりどんどん良くなるところも、点穴・水脈とちがう。
「しがら」に似たものに「ボサ」がある。こちらも有機物、また手法をさす言葉だ。ボサ置き・ボサ積みなどとも呼ばれ、しがらより大きな区画に施される。
材料となる有機物をさす「こも(菰)」という言葉もある。狭義にはイネ科の枯草のことだろうと思う。

ナラ枯れも土砂崩れも、コンクリートや化学物質(除草剤etc)により土中環境が悪くなったために起こっており、人災といえる。山林火災も、人が里山を利用しなくなったことから燃え広がりやすい。

高尾山は、生態系が豊かな山林として、世界的に有名な山だった。しかし2007年に高速道路のトンネルが掘られた。自然保護団体が保有していた土地は国に強制収容され、しかも強制収容の決裁が出るまえに工事は始まっていた。
話には続きがある。トンネルができてから、真上の土壌・植生は著しく劣化した。その一番悪いところを自然保護団体は買いなおしたそうだ。自分たちが信じる、土中環境がよくなる作業を、コツコツと行っている。

梅小路公園のシラサギ 周りで人間が騒いでも静かに佇んでいた