3/1(日)
父の一回忌で実家の浜松に帰省した。母と弟と私、3人集まることはそう頻繁にはなく、いろいろと議題がある。母が今後のお寺さんへのお布施について話しだした。
父は生前、先祖(自分の両親)墓参りの際、自主的なお布施を年2回していた。今回新しく父のお墓を作った(父は三男)ので、お布施が年4回になる。
①年4回でいいか?
②その支払いは、誰がどんな方法でするか?
「お布施が年4回になる、のは、あなたが決めたのか?」と私が尋ねると、違うと言う。
「お寺が決めたのか?」と尋ねても、違うと言う。
マスエさん(父の妹)が年4回にし、って勧めるし・・と言う。
「マスエさんが勧めたから4回に決めたのね?」と聞くと、ごにょごにょ(決めたのではない)と言う。
どうやら年4回に対して娘と息子がYesと言えば、それは「決まった」ことになるらしい。「決めた」のではなく。
些細なことだと分かっている。けれど、だから真珠湾に突っ込んでったんと違うの?と、私は思ってしまうんである。第二次世界大戦後、戦勝国がどう調査しても、私が戦争を始めると決めました、という日本人はいなかった。民衆もみな、私は本当は反対だった、と言った。
そうした私を親は「おかしい」「屁理屈」といって育てた。生徒のハルくんなどかなり屁理屈であるが、「そうか君はそう考えるんか」「先生の言うことを鵜吞みにしないのが君のいいところやね」と言ってあげる。本当にそう思っている。
法事のあと、非電化工房オンライン塾で出会った友人2人とお茶した。塾生は全国に散らばっていて、東京近郊のメンバーがやはり多いのだが、京都にいて実家が浜松の私、愛知県岡崎市、浜松在住の3人が「3人だったら会いやすそう」と話していたのが実現した。
昨年12月に非電化工房を訪ねて直接会った住み込み弟子ダイチくん達もそうだったが、人混みのなかに彼らを見つけたとき、その存在がひときわ大きく見えた。彼らと話しているとすごいのである。人から、本から、自分の生き方や価値観をゆさぶられることは誰でもあろうが、それが話しているあいだに何度も起こるのだ。
私は京都南部で農的暮らしができたらいいな、と思っているのだが、岡崎市の仲間は、市内の額田地区という中山間部に住みたいのだそうだ。

フォレストガーデン冬の畑。まん中にあるのは日本ミツバチの巣箱。
3/8(日)
実家に泊まらせてもらい、浜松市にあるフォレストガーデン冨塚という場所へ行った。冨塚は、実家から直線距離で数km北にある町だ。
日曜はガーデン内を案内してもらうツアー。農園のスタッフ達が自分のことを「レジデントスタッフ」と自己紹介するのだが、脳内で翻訳するのに数秒かかった。「住み込み弟子」じゃん。非電化工房ではそう呼ぶ。そして男子が多い。フォレストガーデン冨塚では女子ばっかりであった。非電化工房のボス藤村さん、2025年は女子がいないので周りが片付かない、とこぼしていたらしい。
午後は希望者のみのガーデン作業に参加したが、初春は農作業があまりないのか、杉の丸太の皮むきをした。主催者さんは少し恐縮されていたが、こういう作業の方が好みだ。また残ったメンバーはおばさんが多かったが、そのおばさん達のよく働くこと。みんな私みたいやん。
丸太は、愛知県岡崎市の額田地区から、使い道のない細いものをもらってきたそう。午後の参加者のなかにも岡崎市からきた人がおり、父の代まで製材をなりわいとしていたと言う。更にフォレストガーデンの主催者さんは岡崎市に仕事現場がいくつかあるとか。
月曜は 水循環の修復ツアー。2016年から川口由一さんの自然農、矢野智徳さんの大地の再生で学んでいるが、豊かな暮らしをするには土壌中の「微生物」「水」「空気」を知ることがカギだと確信している。本やネットなど情報は増えているが百聞は一見に如かず。実践している場所を解説してもらったり、作業に参加できる機会ほど貴重なものはない。
ある参加者さんが、地元に高速道路のインターチェンジができてからの話をしてくれた。「広大な森林を伐採して10年が過ぎたころから、湧き水が枯れ出した。湧き水を利用していた地場産業も立ちゆかなくなった。けれど今日の話を聞いてまだ出来ることがあると知った。」 握りしめた手のうえに涙がぽたぽたとこぼれていた。
この2日間まったく加減せず喋ることができる。世の中こんな人ばかりと錯覚しそうだ。日常生活では相手によって、自分の価値観を何割減にして会話をするか、いつも神経を使っている。

3/14(土)
京田辺の天然酵母パンのマテアさんが訪ねてきた。加減せず喋ることのできる人だ。発表会を観にいきたいが体調がすぐれない、と言っていたので、後日フォトブックを郵送していた。それで河津桜と恵先生の顔を見よう、とご夫婦で来てくれたのだ。
このへんに「風の学校」ってのがあるらしいが知らないか?と聞く。80代のジジ達もいて、こんなこんなで、と話を聞くうちに、カヨちゃんが立ちあげた居場所だとわかった。行き方を教える。カヨちゃんは私がコヤギを見つけたとき、畑につないで飼ってもいいと言ってくれた人だ。
3/15(日)
今日はヤギLOVEのテラさんに車を出してもらい、京田辺市の甘南備山まで枯葉を取りにでかけた。ふもとのkinco-yaカフェでお茶し、愛栽家族(園芸店)にも寄って緑肥作物・飼料作物を探したがなかった。盛りだくさんの1日。90L8袋を積んできたが、二週間くらいで消えると思う。5分はヤギが食べ、9割5分は糞尿と一緒に土に還る。
3/22(日)
昨年 山中に放置されているコヤギを見つけた とき、「大丈夫、私はヤギのことを知ってる」「だってコバヤシセンセイの本をずっと読んできたから」という妙な自信があったのだが、それは大いなる間違いだった。思い出したのは「ヤギはよく脱走する」「クズの葉が好き」「脱走したとき他の先生が大事にしているバラを食べてしまった」ということくらい。
私の自信を打ち砕いたのは「なぜヤギは車好きなのか?」という本。読んだことは覚えていたが、内容は忘れていた。なぜヤギが車にキックをくらわすのかが解明した。突然謙虚さを取りもどした私は、コバヤシセンセイの本を一冊づつ最初から、読みなおしている。驚くべきことに9割の内容を忘れている。(もちろん図書館の本だ。借家なのを言い訳に本は原則買わない。)

図書館で偶然発見! 新刊だったときに読んでいたが、存在すら忘れていた。
3/23(月)
前から使う機会をうかがっていたのが「オシッコ受け」だ。小さなダンボール箱の内側にビニール袋を張り、中に新聞紙をやぶいて入れてある。
今日はヤギがすぐそばでオシッコを始めたので、チャンス!と思い、箱を体の下にサッと入れたら、ヤギはびっくりしてオシッコが途中で止まってしまった。ごめんよー。
テラさんに話すと、犬用のウンチキャッチャーはどうかと言う。後ろ脚のあいだから入れるのだそうだ。一度使われているのを見たことがある。
3/26(木)
テラさんと第2回目の甘南備山 枯葉集め。道行く人が「お掃除してくれてるんですね。ありがとう」と声をかけてくれる。「ええ、まあ」とあいまいな笑みをかえす私たち。井手町の玉川沿いでも枯葉集めをしていると同じ現象がおきる。
作業も終盤に入ったころ、京田辺市と書かれた車両がメインの道路に何台も集まってきた。メイン道路わきの山道から、そーっと様子を伺う。悪事を働いているわけではないのだがドキドキする。私たち一番の心配事は、山道から下へおろしている枯葉の袋を、持っていかれないだろうか? であった。あいまいな笑みできりぬける。終わってから kinco-yaカフェでランチ。
テラさんに散歩してもらうあいだ、私が枯葉をまき、ウンチ掃除をする。どうやらヤギはテラさんを仲間と認めたようで、服の端をはみはみし出した。1人と1匹のときより、2人と1匹のほうが楽しそうだ。「群れ」と感じるのだろうか。里親さんから夜「今日はご機嫌でした」とメッセージが来た。
まだ二週間たっていないが、気温のせいか前回の枯葉は9割なくなっていた。テラさんから「先生、夏になって枯葉がなくなったら、どうなるんでしょう?」と聞かれるが、「誰もわからない。みんなヤギは初めてだから」と答えにならない返事をかえす。
ヤギは冬は枯草、夏は青草を食べるそうで、最近あまり枯葉を食べない。飼い主さんがくれる牧草以外に、青草、とくにカラスノエンドウが好きだが、樹木の青葉も好きだ。住処の丘のまん中にはカシの樹が生えており、下のほうの青葉や若い茎が齧られている。ゆらゆら揺れるミモザの枝にも飛びついて食べる。こちらも下のほうの枝は葉がない。
テラさんはまだ「この子の茶色は汚れてるのとは違うんですか?」「ちょっと白くなってきてません?」と言う。ベージュ色のヤギは、どんなに検索しても、本を読んでも見つからない。この体形(柴犬サイズ)の大人も見つからない。君は一体何者だい?

この写真の右端に勝手口があり、その横には台所の窓がある。
3/27(金)
年末からなるにかけ庭の椿が次々と咲く。大家さん曰く、ここに住んでいた義父は椿が好きで、仕事で遠方へ出かける度、その土地の椿を買ってきて植えたそうだ。
長年除草剤により疲弊していた庭木たち。私がお世話するようになってぐんぐん元気になった。除草剤をまく隣家との境にある2本は、我が家側だけ花が咲く。台所の窓からこちらを覗きこんでいるようだ。葉もこちら側だけ緑色で生き生きとしている。
前庭で作業していると柴犬のアズちゃんが通りかかった。飼い主さんとしばし談笑。と、隣のジジが川べりに除草剤をまきだした。飼い主さんがハッとした表情で、気をつけなくちゃ、と言う。ジジの視界に、アズちゃん・飼い主さん・私は入っていないようだ。雑草→邪魔→除草剤という回路ができあがってしまってるのだろう。
生徒さんの成人したばかりの娘ちゃんが、最近外に出れなくなったそうだ。本人にも親御さんにも辛いことだが、現代社会に対する正常な反応ともいえるのではないか。
例えば電車に乗るとき、こちらが降りようとしているのに正面から乗ってこようとする人がいる。他者の存在に鈍感にならなければ、関心を持たないようにしなければ生きにくいから、皆そうなってしまっているのではないか。除草剤をまくジジのように。
私も自分がそうなっているという自覚がある。会社員をしていた終盤が最高にひどかった。だから町内を歩いていて、誰か人がいたら、こんにちは、と言うように自分を育てなおしている。毎回じゃないけど。
いっそのこと若者が全員、家から出れなくなったら、社会を見直さざるをえなくなるのではないか。「羊飼いの暮らし」という本のなかで、600年続く家業をついだ著者のファーマーは、「戦争になったときが一番、価値ある存在だと認めてもらえる」と言っていた。深く唸らされた。図書館にヤギの本はそう多くないので、牛やら羊やらの本まで読んでいる。

3/30(月)
今日はオシッコ受けとして、わずかに湿らせてクシャクシャにした新聞紙を、ポケットに入れて持っていった。
ヤギはいつもオシッコしてくれるわけではない。1-2時間一緒にいて全くしないこともある。ウンチのほうが頻度が高い。30分くらい散歩すると、散歩中か散歩後にウンチする確率は高い。
運のよいことに今日も散歩後にオシッコをしだした。片手を鼻の前に持っていき、話しかけて彼の注意をひき、片手でさりげなく新聞紙を地面にほってみた。半分くらい吸えた。
ヤギのお世話のあと、山城多賀のJAに行って、牧草の種を注文する。オーチャードグラスとエン麦は通販で手に入っていたので、イタリアンライグラスとアルファルファを頼んだ。
ひとくちにイタリアングラスと言っても選択肢は無数にある。素人にはどれを選んでよいか分からない。JAでは、問屋さんが「これが良いと思う」という品を選んでくれた。メーカーはどちらも雪印種苗。やっぱりそうかと思った。素人がネットで探すとまずタキイ種苗、それからカネコ種苗が出てきて、雪印はそうない。
4/1(水)
ヤギが草を根絶やしにしてしまった所に、土壌微生物を活性化させる バクチャー という資材を撒いてみた。効果のほどはわからないが、これまで田畑に色々な資材を試してみて、よさそうだとリピートしている製品だ。
枯れ葉をせっせと搬入し始めてから、一部の箇所では草の芽が出ている。しかし夏までに、全域に草を復活させるのは難しそうだ。
頑張った自分のためにおやつを買いに大西商店へ行ったら、「今年は桜の花が減ってません?」と声をかけられた。去年から桜の木が疲弊しているように感じていたが、ほかの人も気づくようになったのだ。
私が井手町に引っ越してきた2020年、人間は河川敷に対して何もしなかった。2021年もほぼ手つかずで、桜ははつらつと咲いていた。蛍もたくさん舞っていた。西高月のうちの庭にまよいこんだ子もいた。
それが2022年ごろから土木作業が入りだした。草を刈ってビニール袋に入れ、車で運び、焼却炉で焼く。ほっておけば自然に還るのに。控えめにそう口にしてみるが、同意してくれる人はいない。
重機で土をさらいコンクリートを張る。越してきたときコンクリート率の高い河川敷だな、と思ったが、まだまだ増やすらしい。予算を執行して、地元の土建業者に還元するためだろう。
蛍はぐんぐん減りだした。2021年はそこかしこで舞っていたのに、2025年は2-3匹しか見かけなかった。今年は例年以上に徹底して有機物を持ち去っているので、蛍はもう誰にも見つけられないだろう。聞けば、在来種のカエルを復活させようと、まだ生息している地域からカエルを運んでくる活動があるらしい。餌も住処もないところに連れてこられて、カエルはどうやって生きればいいのか。
観光客の「ここの桜が一番だね」みたいな声が聞こえた。ここが一番なら、よそはどうなっているのだろう? 「除草剤はちょっとどうかと思うんですよね」と大家さんに言うくらいが私にできることだが、それでも大家さんはよかれと思ってウチの前にも除草剤をまく。その範囲のド真ん中にある桜の木は、ついに今年、沈黙した。

