枚方市のバイオリン工房へ、顎当ての相談と、駒の調整に行ってきました。

私のバイオリン・ビオラ教室では、生徒さんの住まいや状況に応じて、大阪・京都・奈良のバイオリン工房を紹介しています。京田辺市の生徒さんは、車で行きたいか否か、またJR京田辺駅/近鉄新田辺駅あたりを境にして、奈良富雄の岸野さんか大阪枚方の大島さんを紹介します。

コロナにより、ネットで安い中古バイオリンを買うことが増えているようです。どうしたら弾けるようになるかわからない、とスポットでレッスンに来る方がおられます。数万円の修理が必要なバイオリンが多いです。このところは毎週のように、紹介した誰かが枚方市の工房を訪れています。

大島さんに「最近レッスンでは、ひどい状態の中古バイオリンを持ってくる生徒が多くて・・」と話すと、「例えばそれですか?」と指された先に 、先週『要入院』と診断をくだしたばかりの生徒のビオラが。
また、「ペグが回りにくい楽器があって、枚方市の工房へ行くように伝えました」と話せば、「数日前お越しになりました」と。

(1)顎当ての高さ調節

今日工房に来た一番の目的は、コルクを使った顎当ての高さ調節について、確認したかったからです。

◆顎当ての高さを上げる目的で、コルクを挟んでいいのか?
◆私が生徒にしているやり方に(技術的に)問題はないか?

コルクで顎当ての高さを上げるのは、昔から良くされれている手法です。
バイオリン工房の老舗「丸一商店」に腕利きの職人さんが集っていた時代、職人さんたちの手元を背後から見ていて、私はやり方を覚えました。

何故かような疑問を持ったかと言えば、「コルクで高さを上げるのは邪道だ」という見解の楽器店・職人さんに出会ったからです。
その理由は以下のようなものでした。

◆顎当てを痛めかねないから。顎当ては、底辺についたコルクも含めて、完成された商品として出荷されている。コルクを足すと、顎当てを固定するクランプ部分の力のかかり方が変わり、不安定になって、顎当てが破損する恐れがある。

◆高さ調節は、顎当てより肩当てですべきでは。肩当ては高さ調整が可能な道具だ。顎当ては高さ調節ができるようになっていない。

◆顎当ての高さを変えるとフィット感が変わるが、その変化が、高さの問題か形状の問題かわかりにくくなる。

先方から一番強調された「顎当てというパーツを痛めかねないから」という考え方について、大島さんの意見が聞きたかったのです。

①高さ調節は、顎当てより肩当てですべきなのか?

肩当てによる高さ調節と、顎当てによる高さ調節は、人体に対する楽器の高さが違ってきます。

(a) 肩当てを高くすれば、人体に対する楽器の高さが上がります。
(b) 顎当てを高くすれば、人体に対する楽器の高さが下がります。

(a) と (b) は実際に弾き比べてみればすぐわかることですが、弾き心地が全然違います。
トータルの高さが合えば、顎当てと肩当てのどっちで調整してもいい、のではありません。

(a) = (b) ではありません。

想像してみてください。
表板の上に駒が立っていて、駒の上に弦が乗っていて、それを直角に引っかくことで音が出るわけです。その引っかく位置の高さが、mm上がったり下がったりすれば、弾き心地・弾きやすさが違ってこないでしょうか?

バイオリンは数百年前、白人男性がサイズを固定化させた楽器です。固定化される以前は、いろんな長さや幅や厚みのバイオリン属の楽器がありました。当時は肩当ても顎当てもなく、バイオリンの裏板のフレーム、エンドピンのすぐ下あたりを、左鎖骨の上に乗せて弾いていました。

バイオリンという楽器の厚みは、どういう理由で決まったのでしょう?
音響的な要因もあるでしょうが、最も弾きやすい厚みだったからではないでしょうか。

バイオリンを鎖骨に乗せなさい、と教えてくれたのは、深山尚久先生です。その時はただ素直に ”そうするのがいいんだ” と思っただけですが、理由・理屈を考え、自分の体で感じるうちに、確証に変わりました。

バイオリンが鎖骨に近づくように調整してあげた生徒は、みな ”弾きやすくなりました” と言います。今のところ、バイオリンが鎖骨から離れた方が弾きやすいという生徒は、いません。

歴史的に顎当ては、肩当てより先に登場しました。バイオリンと左顎のあいだの隙間を埋めた方が、楽器が安定して弾きやすいと考えられたのでしょう。そのあと肩当てが登場し、バイオリンと左肩のあいだを埋めることで、さらに安定感が増しました。(肩当てが登場する前プレイヤーたちは、左鎖骨の下の 服の中に、ハンカチ等を丸めて入れていました。)

顎当ての高さを先に決め、次に肩当ての高さを決める、という順番が、自然だと私は考えています。

今日持ち込んだ自分のバイオリンは、2mmほどのコルクを挟んで高さを上げていました。
私の作業に問題はないですか?と尋ねると、特に、という返事でした。

工房で使っているコルクを分けてもらえませんか?と尋ねると、特別なものではありません、その辺で買ったものです、との答えでした。

そのやり方、こちらのブログ記事で紹介しています。
2020/10/26   顎当ての交換 や 高さ調節

こちらのブログ記事では、顎当てと肩当ての選択肢についてご紹介しています。
2019/07/25   顎当て・肩当ての 合わせ方

②コルクを挟むのは、顎当てを痛めるのか?

「特にそうは思わない」 というのが大島さんの答えでした。「出荷時についているコルクがへたったら、付け足したり、交換したりします。」
そうでした。1~2mmコルクを足したところで問題はないのです。

私は大島さんが眉間にシワを寄せて、「ダメですよ、そんなことしちゃ。邪道です!」と言ったらどうしよう・・と心配だったのですが、杞憂でした。もしそう言われても、生徒たちが「弾きやすくなりました!」と喜んでいる以上、やめるつもりもなかったのですが。。

顎当ては道具です。
道具は、人が使いやすいように、調整するものです。

私が言う前に、大島さんは私の想いと同じことを言ってくれました。
道具が壊れないようにして、人の体が壊れてしまっては本末転倒です。バイオリンは体を痛めやすい楽器なのですから。

私が知りたかったのは、コルクで3~4mm上げても大丈夫なのか? 何mmまでならいいのか? でした。
5mm上げたら金具が不安定になることは、構造をイメージしたら分かります。
そこまで言葉にして大島さんに尋ねませんでしたが、規定値があるものではなく、総合的に判断するしかないのでしょう。

本来 顎当ての高さが3~4mmも合っていなかったら、顎当てを交換すべきです。しかし生徒さんは、顎当てで弾きやすさが変わるとイメージできないと、楽器店・工房へ行ってくれません。そのため3~4mmのコルクを入れてみることもあります。
またバイオリン教室の備品として、いろんな形状の顎当てをストックしています。生徒が気に入れば販売もします。

最期に③についてですが、これは肩当ても同じです。どういう思いを込めて発言されたのかわかりませんが、どの顎当てがいいかわからない迷路に、はまったお客様でもいらしたのでしょうか。。

(2)駒の調整

①駒の高さ調整

指板は、指を置いている箇所が徐々にすり減り、宙に浮いている駒側が徐々に下がってきて、弦高が開いてきます。
そのため何年かに一度 駒を削って弦高を詰めたり、何十年かに一度 指板の表面を削って平らにしたり、何十年かに一度 指板の傾きを上げる大手術を行う必要があります。

私のバイオリンも長く指板の手入れをしていなくて、弦高(指板から弦までの高さ)が開いてきていました。G線側は標準くらい、E線側はやや開き気味とのこと。(白人男性より)手の小さい私は、少し低めにするため、駒を削ってもらいました。

駒のカーブも、A線に比べるとD線で両側の弦に引っ掛かりやすかったので、均等になるようお願いしました。
厚みも少し落としてもらい、左指が押さえやすく、楽器も鳴らしやすくなりました。

工房の机の上に並んでいる工具をなにげに見ながら、職人さんにとっての工具というのは、私にとっての弓みたいなもんだよな、と思うと、とてつもなく大切なものに思えてきました。

バイオリン工房でしか使われない特殊工具(上の写真の右端に写っている魂柱を調整する器具など)って年に何個売れるんやろう? そんな工具を作っているメーカーさんって素敵だな。

②駒の位置の調整

削った駒を設置したバイオリンの顔をじっと見ていた大島さんが、駒をE線側に少しずらしました。これで弾いてみてください、と言われるので音を出してみると、更にハリのある艶やかな音色が出ます。ナットからエンドピンまでの弦のラインが真っすぐになるよう、駒をずらしたのでした。

駒の部分だけ見て調整する方式では、F字孔を見て左右対称になるように駒を置きます。しかしF字孔は必ずしも、楽器に対して左右対称ではありません。楽器そのものだって、木でできているわけですから、パーフェクトに左右対称な物体ではないのです。

弦・駒・楽器のパフォーマンスを最大にする、最もよい音響状態にするには、ナットからエンドピンまでの範囲が真っすぐで左右対称になるのがいい、というのが大島さんの考え方でした。

駒の調整に関しては、こちらのブログ記事にも書いています。
2020.10.11   バイオリン・ビオラ 駒の調整

(3)弦長とテールピースについて

ナットから駒までの距離は「弦長」と言い、328mmあたりが標準のようです。(職人さんにより、おっしゃる数値が微妙に違います。) そして弦長と、駒からテールピースまでの距離の比率は、6:1が標準とされています。弦のメーカーは、その条件下で、最も良い音質・音量になるよう、弦を設計・製造しています。

なぜこの比率が良いのかは、目下いろんな方が研究中のようです。岡田信博さんの本でも取り上げられています。この比率にすると、駒からテールピースまでの部分の弦の音程が、弦長の音程のオクターブ上や5度違いになるので、共鳴弦になっているという説もあります。

私のバイオリンは絃長330mmだそうで、少し指板が長いみたいです。テールピースの長さは標準11.5mmのため、大島さんの目には、指板からテールピースまでの距離が少し窮屈に見えるみたいです。テールピースは一般的に、標準~少し短め、だそうです。ウィットナー社のアジャスター内蔵テールピースは、かなり短めなので、いろんなサイズのバイオリンに適応させやすいとのこと。

工場製でないバイオリンは、1点1点手作りの工芸品なので、長さも幅も厚みも微妙に違います。工場で大量生産された安価なモデルでも、バイオリンは木で出来ていますから、「超」微妙に違います。テールピースが、標準11.5mmより長いものはなくて、短めのものならある、というのも頷けます。

新作とオールドを比べたとき、縦の長さはあまり変わらないのに、左右の幅が細かったり、厚みが薄かったりします。それは、木材の繊維の方向が、縦に縮まないように使われているからです。昔の職人さんたちは そういう型が好みだったから、ともいえるでしょう。厚みが薄いのは、メンテナンスの度に楽器をこじあけるという要因が大きいです。

バイオリンのフィッティングパーツ(顎当て、ペグ、テールピース、エンドピン、アジャスターなど)は、交換すると音響が多少変わります。音質を良くするために、材質を選んで変える方もおられます。
しかしフィッティングパーツを見直すより、魂柱や駒の調整による変化の方がずっと大きいですし、腕前を上げることに如くものはありません。

メンテナンス終了後は、バスで乗ってJR松井山手駅へ。JR京田辺駅 や 近鉄新田辺駅 まで行くバス便もあります。