むかーしむかし、何百年もむかし、バイオリンやビオラやチェロの大きさは定まっていませんでした。いろんなサイズのバイオリン属の楽器があり、いろんなポーズで弾いていました。今のバイオリン&ビオラやチェロとは違うポーズでの弾き方もあったのです。それが集約されて現在の演奏フォーム & 楽器サイズに落ち着きました。

バイオリンを弾いていたのは宮廷や教会の楽士たち(労働者)、貴族の男性たち(趣味)でした。彼らの弾きやすさで楽器の大きさは決まりました。ですから日本人、特に女性にとって、標準サイズのバイオリンは少し大きくて重たいのだと考えましょう。小振りな楽器のほうが弾きやすいのです。

(1)小振りなバイオリンとは

ひと口に小さいバイオリンと言っても、バイオリンには幅・長さ・厚みがあります。どこがどう小さいと、体に合う楽なサイズになるのでしょうか?

①軽さ

バイオリンの「小振り感」を決めるのは、サイズの大小だけではありません。重たいバイオリンより、軽いバイオリンの方が扱いやすくなります。縦横高さのサイズが一緒で、板の厚みが一緒だとすれば、新作バイオリンより中古バイオリン(オールド)の方が軽くなります。

木材は、年数がたてばたつほど水分が抜けて繊維が結晶化するため、軽くて強くなります。振動しやすくなるので音色も良くなり音量も増します。一定の年数までは強度が増しますが、閾値を越えるともろくなっていきます。

住宅用の構造材(柱や梁)の強度を、数十年刻みにデータ化したところ、300年経ってもまだ下降曲線に入らない、との論文を読んだことがあります。奈良には1300年前の木造建造物がまだ建っているのですから、きっとそうなのでしょう。

バイオリンは木材を薄く削って加工していますから、柱や梁ほどは長もちしません。保存状態にかなり左右されますが、数百年が寿命と言われています。


バイオリンは、ブランドにより/また製作者さんにより、表板/裏板を厚めにしている場合もあれば、薄めに作っている場合もあります。ですから新作バイオリンで小振りなものが欲しいときも、比較して軽いものを探すことはできます。
エナは厚いです。そういうコンセプトで製造しているようです。一般的に中古のほうが軽いですが、スズキの中古には重いものがあります。

枚方のバイオリン工房の職人さんは、軽いほうが体への負担が少ないだろうとの意図で、軽くなるよう作っているそうです。

新作バイオリンを薄く作ったばあいのデメリットは、「強度」です。そりゃぶあつい方が「強度」があります。
けれど楽器と呼べるクラス(7万円~)のバイオリンで、強度を犠牲にした薄さのバイオリンに出会ったことはありません。安物から選ぶのでなければ、安心?して薄い(軽い)のを探してください。

②ぶあつさ(側面の高さ)

子供に大人サイズのバイオリンを持たせようとしても、首に入りません。同様に小柄な人、鎖骨から顎までの距離が短い人には、ぶあついバイオリンは挟みにくいです。

大柄な人、首が長い人は、あるていど厚みのあるバイオリンがいいでしょう。でないと市販の顎当て/肩当てでは高さがたりず、高い顎当て/肩当てを別途さがすハメになります。

ぶあつさも、新作バイオリンより中古バイオリン(オールド)の方が薄くなります。板は水分が抜ければ薄くなっていきます。
バイオリンはオーバーホールの時、表板と側板・裏板と側板のあいだに、金具を入れてバリバリとはがします。そして組み立てなおすとき、側板の貼り合わせる面をヤスリで削ります。そのため、こじあける度に側板の高さは低くなってゆきます。

③ネックの太さ

ネックの太さは、運指のやりやすさに直結します。私のバイオリンとビオラも、ネックを削ってもらっています。

④弦高

弦高とは、指板から弦までの高さのこと。弦高が低いほうが、左指を置くときの抵抗が少なくなります。
弦高が高いと、押さえるのに力がいりますが、強い音が出せます。低すぎると音程がクリアに出ません。また左手のピチカートがはじきにくくなります。
自分にとって押さえやすい高さにすることが肝要です。標準値というものもあります。

指板は徐々に摩耗し、下がってくるので、弦高は年月とともに広がってきます。時々メンテナンスが必要です。指板の表面をなめらかに削るのはすぐですが、下がった指板の高さを上げるのは大掛かりになります。

子供の分数バイオリンなど、数年使っただけの中古バイオリンがあまり良い値で引き取ってもらえないのは、指板のメンテナンスがいる可能性もあるからです。保存状態がわからないと、指板やネックは突然外れるリスクがあります。

⑤なで肩

ハイポジションの時に左手をはわせる本体部分のカーブは、「いかり肩」ではなく「なで肩」の方が、小柄な人には楽になります。標準といわれる形状はありますが、この部分のカーブも、メーカーや製作者さんによって少しづつ違います。

バイオリンは、弦の振動を駒を経由して木箱に伝え、木箱で音量を増幅する仕組みになっています。木箱のサイズが大きいほうが、音量は増します。「ぶあつさ」が薄めだったり、「なで肩」だったりするバイオリンは、箱のサイズが小さくなるので、音量が小さくなります。あえてデメリットを探せば、の話です。

(2)バイオリンを小振りにするには

①弦高を低くする

左手を楽にするのに、最も簡単にできる方法です。一般的に弦高は、駒の高さで調節します。

ローポジションの弦高を下げたい場合は、ナットの溝を削ります。ナットの溝は徐々にすりへっていく(特にE線)ので、むやみに削らない方がいいです。

②表板/裏板の厚みを落とす

表板/裏板の厚みには、一般的に定まった値があります。表板のどこの端っこだと何mm、まん中は何mmというように、場所により変わります。

持ったときに重たく感じるバイオリン、響きが重たいバイオリンは、厚みが標準値を越えていることがあります。そうしたときは厚みを落とすことに問題はありません。
標準値より薄くしたいばあいは、どの程度削るのか慎重に考える必要があります。薄くなればなるほど強度が落ち、割れやすくなります。

なお経年劣化などで薄くなりすぎた表板/裏板に、内側から材を重ねて厚み(強度)を取りもどす手法もあります。

③側板の高さを落とす

側板の高さや厚みも、一般的に定まった値があります。またメーカーやブランド、職人さんごとに、少しづつ違います。新作バイオリンには、ずいぶん側板が高いなあと感じるものもあります。極端に低くするのでなければ、自分の弾きやすさのため、自分の体を守るために、落とすのは問題ないと思います。


④ネックを細くする

ネックという言葉は、指板を含めることもあれば、メイプルの部分だけを指すこともあります。ここでは「指板+棹=ネック」という言葉遣いにします。指板は黒檀の部分、棹はメイプルの部分、両方合わせてネックです。

ネックの幅と厚みは、バイオリンによって違います。バイオリン工房製は1点づつ違いますし、大量生産ものもメーカーやブランドで違います。

また指板と棹のバランスも違います。棹に比べて指板がでっかいなあと感じることは、時々あります。そうしたバイオリンは、棹の幅より指板の幅が広かったり、指板の厚みがやたらとあったりします。指板は消耗品なので、少し大きめにしているのだと思います。

棹を大きめに作っているバイオリンもあります。

指板は、表面がでこぼこしてくれば なめらかにするために削り、薄くなりすぎたり老朽化してくれば交換します。しかし棹は、製作者さんがバイオリンの全体像を考え、材料を見立てて選んだ組み合わせで、本体の寿命がつきるまで人生(バイオリン生)を共にします。ですから棹を削るのは、指板を削る以上に、慎重になりましょう。

オールドの中には、棹を替えているものや継いでいるものがあります。200年ほど前に、棹の長さの基準が変わったからです。

ネックを削るとひと口に言っても、色んな削り方があります。「どこ」を「どう」削るのか、作業してくれる職人さんとの綿密な意識合わせが大事です。

高さは変えず、幅を落とす
左手で握ったとき小振りになったと感じられるのは、幅が細くなったときです。
ネックの断面は「逆三角形」または「逆半円形」のような形をしています。指板の幅と、棹の逆三角形の下の2辺を削ると、小さくなったと実感できます。

棹は削らず、指板を削る
棹より指板の幅が広いばあい、指板の幅を落としましょう。厚みを落とすばあいは、駒やナットの高さも削ることになります。

本体側を細くし、ストレートっぽくする
ネックはペグ側が細く、本体側が太くなっています。運指はむしろ逆で、ポジションが上がれば上がるほど、左手をコンパクトにしなければなりません。

形状を変える
ネックの断面の形状を変える、という考え方もあります。
「逆半円形」から「逆三角形」にすると、第3ポジションくらいまでの握りを小さくできます。
第4ポジションは、親指をネックの真下に持っていって左手全体を支えますから、「逆三角形」より「逆半円形」のほうが左手は楽になります。

ヒールを削る
ヒールとは、棹の付け根、本体と結合するところです。バイオリンを縦にして横から見ると、棹は膝下の足の形のようになります。ヒールとはよく言ったものです。
第5ポジション以上になると、親指はヒールのところに来ます。ヒールが出すぎているとハイポジションが押さえにくくなります。

(3)どこに頼むか、だれに頼むか

「表板/裏板の厚みを落とす」「側板の高さを落とす」「ネックを細くする」といった特殊な作業は、受けてくれない楽器店・工房もあります。様々な楽器を扱っている楽器店のばあい、店員さんに知識がなければ、お客さんのリクエストを理解できません。

またバイオリン工房などでも、一見さんだと断られることがあります。依頼主の要望を正確に汲みとらねばならない、リスクの高い作業だからです。逆説的ですが、リスクの高い作業は、リスクの高さを認識している、つまり安易に引き受けてくれない楽器店やバイオリン工房に頼むべきです。

楽器店によっては、店員さんが見よう見まねで毛替えをしたり、指板を削っていることがあります。どこで誰が触るのかわからない楽器店に、依頼してはいけません。
「専門の職人が調整しています」と書かれていながら、驚くべき状態で生徒さんの手元に送られてきたバイオリンもあります。これは大変安価な楽器でしたので、値段的には仕方のないことでした。

地方へ行くと、バイオリン専門の楽器店やバイオリン工房自体がなかなかありません。いろんな楽器を取り扱っている楽器店しか、頼れるところがない場合もあります。そうした地域では、お店の普段の応対や、店長さん/経営者さんの人柄をみて、信頼できると感じたところへ頼みましょう。お医者さんと同じです。


現役の製作者さんによる新作バイオリンを、製作者さんでない職人さんに引き受けてもらうのは難しいかもしれません。バイオリン製作は、全ての箇所のバランスを考えた上で設計して行っているので、落としてほしい箇所があれば、まずその製作者さんに相談すべきだからです。
バイオリン工房は大変数が少なく、職人さん同士はたがいに存在を知っています。それも引き受けてもらいにくい大きな理由です。しかし転勤などで、製作者さんから地理的に離れてしまうこともあります。

私は、生徒に紹介できそうなバイオリン工房があれば、評判をリサーチし、自分の弓を持って毛替えに行きます。本体も見てもらって、気になることを相談します。「こことはお付き合いしたくない」と判断した工房もあれば、生徒に紹介するようになった工房もあります。

普段から、頼りになりそうな楽器店やバイオリン工房を、見つけておきましょう。