わたしが生徒さんのバイオリンを初めて拝見するとき、こんなところを見ています。
A)本体の重さや厚み、ネックの幅や太さ
A)ヒビや割れがないか
A)側板と表板・裏板が貼りついているか
A)ネックや指板がガタついてないか
A)指板が下がっていないか、弦高は適当か
A)弦の古さ
A)駒の加工
A)駒の位置、傾き
A)E線の駒へのくいこみ
A)ペグは吸いついているか
A)はじいた時、弾いた時、音色はいいか
A)顎当てがガタついていないか
B)顎当てや肩当てが生徒さんに合ってそうか
B)アジャスターが生徒さんに適切か
B)エンドピンが尖ってないか
新しいバイオリンであればさらっと見るだけです。家に眠っていたバイオリンを持ってこられたり、中古バイオリンを買ってこられたときは、入念にチェックして、工房で直してもらうべき点をピックアップします。
先生はバイオリンを「教える」「弾く」プロで、教えたり弾いたりしてお客様からお代をいただきます。
バイオリンという物体についてのプロは、それを製造、販売、修繕する人です。売ることでお客様からお代をいただき、直すことでお代をいただきます。
バイオリン・ビオラ・チェロを売るお店は、販売前にどんな確認をしているのでしょうか。
枚方市樟葉のバイオリン工房 liuteria TAKASHI
1)バイオリン・ビオラ・チェロ専門の工房
バイオリン工房は、調整や修理が主たる業務と思われがちですが、販売もしています。(工房によります。)
様々な販売ルートの中で、販売前の点検が一番ちゃんとしているのは、バイオリン工房です。前掲した(A)の作業を、最も質の高いレベルでしてくれます。お客様の手に渡ったあとトラブルが発生したばあいの修理も、一番技術力が高く、一番値段が安くなります。
魂柱やバスバーなど、バイオリン内部の点検は職人さんでなければできません。(A)に加え
C)魂柱の位置や傾きは適当か
C)バスバーの位置は適当か、ハガレはないか
も見てくれます。
2年前に生徒さんがメルカリで買った中古バイオリンは、私が発見できなかったネックの剥がれが、バイオリン工房で判明しました。ほかの部分の修繕費もかさんだため、結局生徒さんは、工房で新作のバイオリンを買い直しました。
初心者向けセットバイオリンは、そのままお客様へ渡せる状態でメーカーから出荷されます。昔はそうではありませんでしたが、多様な販売ルートでさばけるよう、知識がない小売店経由でも売ることができるよう、製造・流通のグローバル化で変わってきました。
セットバイオリンは競争が激しく、利幅が少ない環境で 大量生産されているので、年代やロットによっては著しい不具合が出ることがあります。けれどバイオリン工房を介する販売ルートで買えば、1本づつ点検され、不具合があっても手直しされてから生徒さんの手に渡ります。購入後に困ったことがおきることは少ないのです。
2021年のエナバイオリンには、ペグが止まらないものがあります。
ペグは、ペグ穴との摩擦で止まっています。ペグとペグ穴の面が噛み合っていないと、ペグが戻りやすく、音程が狂いやすくなります。多少の齟齬ならペグソープを塗れば止まりますが、2021年に(様々な楽器を売っている)楽器店で生徒さんが買った2台のエナは、ペグソープでも止まりませんでした。
2016年に(様々な楽器を売っている)楽器店で買ったエナは、使っているうちに穴の位置がボックスのへりにかかるようになり、枚方のバイオリン工房で穴を開け直してもらいました。
いずれも工房(または専門の楽器店)で買っていれば、おそらく無償で直してもらえたはずです。上記の生徒さんたちは有料で直してもらいました。購入した楽器店へ持っていけば無料だったかもしれませんが、そこは販売員さんが見よう見まねでバイオリンの修繕をするお店でしたので、行かないように話をしました。
楽器店に併設されているバイオリン教室は、レッスンルームのすぐ外でバイオリンを販売しています。
先生としては「バイオリンはどこで買ったらいいでしょう?」と聞かれたら、まだ関係性のできていない生徒さんに対しては「ここで買えますよ」という返事になりやすいし。契約書に「当店のバイオリンを販売せよ」と書かれていることもあります。
楽器店のバイオリンを買おうとする生徒さんを制止すると、先生は職を失いかねません。
バイオリン工房は、複数名のスタッフ・職人さんで運営しているところもありますが、お1でされているところも沢山あります。常時置いてある楽器の台数も、楽器店のようにはいきません。気軽に入店して、興味のあるバイオリンを弾かせてもらったり、しにくいものです。
私がお世話になっている中堅の職人さんは、お2人とも、「ふらっと入ってもらっていいんです」と言いました。その言葉通り、店舗の道路に面した部分はガラス張りになっています。
メーカー側の視点に偏っているバイオリン工房もありますが、そうでない工房もあります。私は製造や修繕の知識を持とうと努力している先生ですが、私や生徒たちがお世話になっている職人さんは、弾き手の視点に立って考えようと努力されています。
2)バイオリン・ビオラ・チェロ専門の楽器店
初めてバイオリンを買うときお勧めの店舗です。工房が併設されていることもあります。購入前の点検や調整、購入後のアフターフォローは、バイオリン工房と同様にしてくれます。
管楽器は、管楽器専門の楽器店や工房があります。また、オーケストラで使われるクラシック系の楽器、というくくりでご商売されているお店もあります。店員さんは、作り手と弾き手 双方の専門知識を合わせもっていることが多く、工房よりユーザーの心情にそったアドバイスをしてくれます。
私がお勧めしている楽器店のスタッフは、音大でバイオリンやチェロを学んできていますが、大人の初心者さんにも懇切丁寧な応対をしてくれます。専門店でありながら、ふらっと入って楽器を触らせてもらうこともできます。
今年(2)の楽器店で、大人の初心者Aさんがバイオリンを買ってきました。「敷居が高く感じるなら、最初はフラッと立ち寄ってもいいんですよ」と私が言ったので、予約せず行ったようです。
初心者向けセットを選びましたが、点検してからお渡しするので再度ご来店ください、と言われたそうです。(予約して条件を伝えておけば、気に入りそうなものを持ち帰れるようにしておいてくれる。)
(3)の楽器店であれば、その場でパパッと確認して渡しているでしょう。
去年(3)の楽器店で、大人の初心者Bさんがバイオリンを買ってきました。予約したほうがいいですよと伝えたのですが、初めてだから見るだけになるかもしれない、と考えたのでしょうか。予約をせずに立ち寄り、その場で持ち帰りました。
幾度かのレッスンののち、これはメーカー起因では?と思われる不具合が発覚。めでたく無償交換となりましたが、メーカーへ返送してから新品が届けられるため、一週間 練習ができませんでした。
3)様々な楽器を扱っている楽器店
何十種類もの楽器を取りあつかっているので、専門知識は期待できませんが、気軽に入りやすいお店です。
バイオリン類に力を入れていたり、バイオリンに詳しい店員さんがいることもあります。
多少遠くても、2)専門の楽器店か 1)専門の工房をお勧めしたいのですが、都市部を離れると様々な楽器をあつかっている楽器店しかありません。
よいお店は、店内の雰囲気やスタッフの応対に表れますので、バイオリンという大きな買い物をする前に、小さな買い物をしたり、お店のかたに質問したりしてみましょう。
イマイチと感じるお店しかなければ、4)ネットショップを探してみてもいいでしょう。
こういった楽器店でバイオリンを買うと、メーカー出荷時のものをそのまま渡されることがあります。A)のような確認はもちろんされず、調弦も怪しかったりします。松脂が塗られていない弓(ツルツル滑って音が出ない)をレッスンに持ってきた生徒もいました。
買ったあとの毛替えや調整も預かりになり、戻ってくるのは早くて一週間後です。預かりになったバイオリンは、宅急便でバイオリン工房へ送られます。
ちなみに大阪のアマービレ楽器は、専門的な調整・修繕を外注(枚方樟葉を含む3カ所の工房へ)していますが、社員さんが社用車で運んでくるそうです。
個人事業主としてお1人または少人数でバイオリン工房を開いている職人さんは、たいてい大きな楽器店の下請けもしています。同じサービスを受けるならバイオリン工房へ直接出向いた方が安くて丁寧なはず。同じ値段だとしたら、職人さんが受けとる報酬が少ないということです。(バイオリン教室の先生も同じです。)
イーストマンの指板はがれが、立て続けに起こったことがありました。
サイズアップした分数バイオリン3/4の指板が購入後すぐはがれ、1/2を使おうと取り出してみたところ1/2もはがれていたそうです。ネックはメイプル、指板は黒檀なので、気温・湿度が変化したさいの材の伸縮率が違います。楽器を置いている場所が良くなかったのではないかと。1/2は購入してから1年以上経っていました。
その生徒はご家庭の事情により、専門の楽器店へは行けなかったので、様々な楽器を扱っている楽器店でバイオリンを買ってもらっていました。
最近のセットバイオリンは1年保証がついていることが多く、イーストマンにもついています。少なくとも3/4の修理代は無料になることが分かっていましたが、近所のバイオリン工房へ持っていくよう指示しました。(たまたま生徒さんちのすぐ近くに工房がありました。) 有料になりますが、対面で、その場で直してもらえます。購入した楽器店のメンテナンス体制がちゃんとしていないことを知っていたからです。
ところがバイオリン工房からは、よそで買ったバイオリンは直せないと断わられてしまいました。しかたなく楽器店へ修理に出してもらいました。幸い2台とも製造不良と判断され、無料で直してもらえたのは良かったのですが、預かりとなったため半月ほど練習ができませんでした。また修理の作業は、バイオリンに関する勉強をしていない楽器店のスタッフさんがされたようでした。
4)ネットショップ
買い手との距離が遠くなれば、販売前の確認や調整がおろそかになりがちなのは否めません。
しかし実店舗が運営しているネットショップは、実店舗と同じサービスレベルと考えていいと思います。
またネットショップonlyの楽器販売店でも、ネットショップだからこそ信頼を勝ち得ようと努力しているお店もあります。お店の自己紹介や、お客様対応のコラムなどを読んで、雰囲気をうかがいましょう。
誰にでも(私にも)バイアスというものがあって、「いいお店であってほしい!」と思うといいお店に見えてきます。
ネット上で「職人が駒を削っています」という記述を読んで、ちゃんとした楽器店だろうと考え、バイオリンを買った生徒さんがおられました。駒を拝見したところ、小学生の工作のようでした。
♪)店ではなく人です
ネットの楽器店でハズレバイオリンを買ってしまった生徒さんから、「バイオリン工房へ持ちこむのと、職人さんがいる楽器店へ持ちこむのと、どちらがいいか?」と聞かれたことがあります。
こう答えました。「どちらの立場にいる職人さんの方が、覚悟をもって仕事をしているでしょうか?」
楽器店の職人さんは1社員、工房の職人さんは経営者です。
生徒さんは言いました。「分かってる。だからこそ敷居が高い。こんなバイオリンを持って行って失礼ではないか?」
確かにタカピーな職人さんもいます。安価な楽器に顔をしかめたり、うちで買ってない楽器の面倒は見れないと言ったり。。
その生徒さんは時間をかけて(1)~(3)タイプのお店をまわり、枚方の工房で長く使えるバイオリンを買いました。
仕事をするのは個人です。しかしまた個人の仕事ぶりは、どれだけ大切にされているかでも、違ってきます。独立して仕事をなさっている職人さんは、お客さんに大切にされればされるほど、お客さんに応えてくれる方が多いです。