バイオリン・ビオラ・チェロなどの弦楽器専門店へ行くと、駒や魂柱がパーツとして売っていることがあります。値段も安く、キーホルダーにできそうな可愛さなので、買ってみたくなります。しかし駒も魂柱も、買ってそのまま楽器に装着することはできません。削らないと使えないのです。やってみたら分かります。
楽器を弾いていると、
a)駒の傾きが変わったり
b)位置が動いたり
します。これは自分でチェック・修正できます。レッスンで先生に調弦してもらっていれば、先生が直してくれると思います。
a)駒の傾きが変わるのは、弦が伸びるからです。弦が伸びるとペグを巻いていくことになる(アジャスター調弦でも同様)ため、駒はスクロール側へ倒れていきます。弦を張り替えたばかりのときは小まめにチェックしましょう。
b)大人用バイオリンは、強く当たったりしない限り、駒の位置が動くことはありません。弦の圧が低いほど、楽器を取りあつかう年齢が低いほど、駒はよく動きます。バイオリンよりビオラの方が、分数バイオリンは小さくなればなるほど、動きやすいということです。やんちゃな未就学児になると、毎レッスン動いています。
(1)持ち主がする駒の調整
a)駒の傾き
駒の傾きは、テールピース側の面を、バイオリン・ビオラの表板と垂直にします。そのため指板側の面は、90度+αの角度になります。
駒の傾きを直すときは、
①バイオリンのエンドピン側を自分のおなかに向けて固定
-座って膝の上に乗せてもいいし、スクロールをどこかに乗せてもいい
②両小指をバイオリンの側板に、てのひらの小指側 側面をバイオリンの表板にペタッとつけて固定
③親指と中指で駒をはさんで持ち、人差し指で駒の上端を手前に「くいっ」と押す
-E線側のほうは圧が強いので、動きにくいです。E線側とG線側をわけてそれぞれ動かしてもいいです。
「くいっ」が強すぎると、駒が倒れる恐れがあります。まず慎重な力加減で押して、動かなければ押す強さを増していきます。動かない、これ以上強く押したら駒が倒れそう、というときは、E線のペグをゆるめてみましょう。ペグをゆるめて駒を動かしたばあいは、あとでペグを戻すことも計算に入れて、駒の傾き具合を決めます。
E線のみアジャスター、ほかの弦はペグで調弦していると、駒がねじれてきます。E線はアジャスターのほうへ、G線はペグのほうへ引っ張るからです。そのため傾きを修正するときは、G線側をテールピース方向へ直すだけでよい時もあります。
駒の溝に柔らかいエンピツの芯が塗ってあると、ねじれの予防になります。
傾いたまま放置していると、駒が歪曲してしまうことがあります。あわてて駒を交換せず、正しい傾きにしてしばらく様子を見ましょう。安物でなければ、まっすぐに戻ることが多いです。
弓も同様です。強く張られて反対のそりになってしまっていた弓が、ゆるめて数週間たったら戻ったこともありました。
b)駒の位置
駒の位置の動かし方は、基本 駒の傾き修正と同じです。親指・中指・人差し指ではさんで、駒の底面をわずかに持ち上げるようにして動かします。
①前後の位置
一般的には、f字孔の切れ込みの位置から決めることが多いです。内側の切れ込みの位置だとも、内側と外側の切れ込みの中間の位置だとも言われますが、その どちらでもないこともあります。とくに古い楽器は違います。f字孔の位置がアバウトだからです。
楽器という物体の専門家である職人さんは、単純にf字孔の切れ込みから位置決めしません。f字孔の位置がテキトーであることを よく知っているからです。
大阪のバイオリン工房では「指板から駒の距離」と「テールピースから駒の距離」を計って位置を決めていました。枚方のバイオリン工房、奈良のバイオリン工房では、「ナットから駒の距離」と「テールピースから駒の距離」の比率を見ているようです。岡田信博氏の本にはネックの長さから駒の位置を割り出すとあります。
指板から駒が遠ざかると弦高が低くなり、近寄ると弦高が高くなるので、左指の置きやすさともかかわってきます。
②左右の位置
左右の位置も、f字孔からの距離で決めるのが一般的です。しかしこれもベストとは言えません。時代を遡れば遡るほど、f字孔の位置はイーカゲンです。
枚方の工房ではf字孔 付近だけを見るのではなく、ナットからテールピースまでの全体像を見て決めていました。
③位置の決め方
前後・左右いずれも適切な位置は、楽器によって違います。また弾き手が何を希望するかによって変わります。
バイオリン・ビオラの音響を最大限引き出すには、魂柱やバスバーとの位置関係が大切です。バスバーは簡単に動かせないので、順番で言うと、バスバーの位置を確認 → 表面から駒の位置を決め → 魂柱の位置を決める、という具合になります。楽器の調整を任せている職人さんがいるのであれば、その人に相談して駒のベスト位置を検証しておくと、駒が動いても自分で戻せます。
位置がずれているようだが、どこへ戻していいかわからない。そんな時は、ニスに付いている跡、職人さんが書いた白いチョークの跡(わざと残すことがある)などを探してみてください。
<道草> パーツの品質について
駒や魂柱は、楽器のなかで最もテンションのかかるところです。安物だとすぐゆがみ破損しやすいです。実店舗の楽器屋さんに並んでいる安い楽器に、安物の駒が使われていることはあまりないと思います。しかしネットで売られている安い楽器には、粗悪な駒が使われていることがあります。
安物の駒は、信頼できるメーカー(AUBERT等)の数分の1の値段で、恐ろしいほどの価格差があります。標題の写真の駒に、AUBERTの刻印が入っているのが見えるでしょうか? ニセモノの刻印もあるようです。恐ろしや。チェロやコントラバスなど大きな楽器の方が、駒の素材の悪さの影響を受けやすいようです。
弦も同様です。弦はピラストロ社 や トマスティーク社 など、専門の楽器店で取り扱っているものにしましょう。E線は Gold brokat で問題ありません。
実店舗が近くになくてネットで買わざるをえない、そんな場合のお店選びは、
・実店舗もあり、ネットでも売っている
・高い値段の楽器も取り扱っている
・購入後の不具合にたいする方針が誠実
・電話で問い合わせができる
などを目安にしてみてください。
2020.12.02 バイオリン・ビオラはどこで買ったらいいか
(2)バイオリン工房に任せる駒の調整
駒というパーツは削らないと使えません。職人さんの作業を見ていると、実に簡単そうに削っています。私は豆カンナ(専用の工具)を借りて顎当てを削ったことがありますが、ちょいと練習した程度では削れません。また駒を削るのは職人さんにお任せする作業ですが、どうして欲しいか決めるのは弾く人です。
a)駒の脚(底面)
弦の振動を、木の箱に伝える、もっとも大事な箇所です。楽器の表板のカーブに合わせて、ぴったり吸いつくように削ります。厚すぎると鳴りがわるく、薄すぎると強度がなくなります。
b)駒の高さと厚み
左指の押さえやすさに直結するのが、駒の高さです。左指の押さえやすさを最優先して高さを決めるのが良いと思いますが、ほかにも以下のような要素があります。
・駒が高いと、音量が大きく、音がくっきりと響く
・左指を押さえるのに力がいり、良いフォームを身につけにくい
・弦の張りが強いため、弓の発音にコツ(技術)がいる
・駒が低いと、音量が小さく、音質が柔らかい
・左指が押さえやすく、フォームを整えやすい
・音は出しやすいが、くっきりした音は出にくい
1stポジションが中心の初心者のうちは、駒が低めなのが左指が押さえやすいです。なかなかそこまで調整して、習い始める、ということにはなりませんが。新品のバイオリンには、たいてい高めの駒がついています。木は収縮・摩耗していく素材だからです。
厚みも削る必要があります。
・駒が厚いと、まろやかな音
・厚すぎると、鈍くてこもった音になる
・駒が薄いと、くっきりした音
・薄すぎると、きんきんする
・薄すぎると、強度がなくなる
c)駒の傾斜と溝
傾斜というのは、駒の上のカーブのことです。傾斜がないと、隣の弦を引っかけてしまいます。傾斜がありすぎると、移弦するときの腕の動きが大きくなり、重音が弾きにくくなります。
駒のカーブは、指板のカーブと合っている必要があります。4弦の「指板から弦までの距離」の比率が整っていないと、弾くとき押さえにくいからです。この距離のことを「弦高」と言います。
新品の駒はE線側とG線側が同じ高さになっていますが、E線側が低くなるように削ります。テンションの高い弦ほど弦高を低くして押さえやすくするためです。弦高は、指板に対する、駒とナット(上駒)の高さで決まります。
駒の厚みと傾斜が決まったら、弦がはまる溝を切ります。手が大きい人には広めに、小さい人には狭めの位置に切ると、押さえやすくなります。また溝が浅いと弦がずれやすく、深いと響きが悪くなります。
年月が経つと、弦が駒に食い込んで溝が深くなってきます。細くてテンションの高いE線は食い込みやすいので、予め保護します。
・駒に象牙・黒檀の小片を埋め込む
・駒に透明な皮のカバーを張る(私の教室でもやっています)
・E線についている保護管をはさむ
などの方法があります。音質的には何もしないのがいいのでしょうが、そうなると頻繁に駒を交換しなければならなくなります。駒に弦を食い込ませないためにも、しばらく使わない楽器は、E線をゆるめて保管しましょう。
d)駒の幅
駒の左右の幅はなにもしないことが多いのですが、これも削ることができます。
バスバーの位置が中央寄りのとき、駒の幅を削ることで音響が良くなります。魂柱の位置は調節できるのですが、バスバーの位置は簡単には変えられません。
駒の溝(弦と弦の幅)を狭くしたとき、駒の幅も狭くすると、見た目にバランスが取れます。指板やネックの太さも合わせると、見た目のバランスも良くなり、左指も押さえやすくなります。