京都で毎年1月に開催されている、室内楽曲 公開レッスンの聴講に行ってきました。一般社団法人 Music Dialogue(音楽の対話)主催で、芸術監督を務めているヴィオラの大山平一郎先生と、ヴァイオリンの谷本華子先生がご指導されています。会場は京都市内の旭堂楽器店サンホール。エントランスのステンドグラス風の画が素敵です。
室内楽曲とは、クラシックのジャンルの1つで、1パート1人で担当する3~8重奏くらいの曲です。楽曲が最も多いのはバイオリン2本・ビオラ・チェロによる弦楽四重奏ですが、室内楽塾 in京都 ではピアノの生徒もいるので、ピアノ四重奏やピアノ五重奏が多く取り上げられます。
今回は以下の3曲でした。
ピアノ四重奏曲 第2番 op.2 メンデルスゾーン
ピアノ四重奏曲 第1番 op.15 フォーレ
弦楽五重奏曲 第2番 op111 ブラームス
ピアノ四重奏とは、ピアノ・バイオリン・ビオラ・チェロによる四重奏です。弦楽五重奏は、弦楽四重奏にビオラが加わります。
聴講するときは、体の動き方・状態と、それが音色や音楽にどのように影響しているかに目が行きます。肩関節が「ああ」だと弓がすいつくんだな、前鋸筋が「ああ」だと音が前へ飛ぶんだな、などと見ているワケです。それが積み重なって私のレッスンのノウハウになります。好きこそものの上手なれ。
大山先生はご高齢なのですが、仙腸関節がおどろくほど柔らかい。仙腸関節とは仙骨と骨盤のあいだ。ピアニストも真横に7オクターブ広がった鍵盤を叩くため、仙腸関節は必然的に柔らかくなります。チェロも姿勢的に重要な関節です。
大山先生は塾生たちよりも意志のある多彩な音が出ます。それはそういう意志(イメージ)をはっきり持っていることと、それが表現できる体のしなやかさがあるのだと思います。
谷本華子先生も、塾生たちに混じって2ndバイオリンを弾いていても、音の出方が違います。内声なのにこっちへ飛んでくる。体の使い方も当然違う。ボディと四肢がしっかりセパレートしています。バイオリン・ビオラは相当うまい人でも左肩がセパレートしていなかったりするのですが、華子先生は離れている。
大山先生が塾生に「テヌートとは?」と問いて、塾生が「弱い強調」と答えたときはびっくりしました。大山先生はそのように教えているのです。なるほど!
バイオリンのレッスンで生徒から質問されたとき、いつも説明に困っていました。(テヌートやスタッカートは、小学校の音楽の教科書に出てくるのでは? 小学校の音楽の先生に、説明する役割は押し付けたい。と思っていました。)
「なめらかに」「音をつなげて」と教わってきましたが、私自身 心のなかで「なめらかって具体的にどう弾くことよ」「音をつなげてって普通のデタシェとどう違うのよ」と思っていました。
スタッカートは「短く」だそうです。「切って」「強く」などと教わりましたが、「音と音のスキマをあける」という表現をどこかで見つけ、生徒にもそう説明してきました。「短く」のほうが言い方がシンプルで、多彩な解釈・表現を含んでくれます。100の長さを99にするか51にするかは、スタッカートのついた音符1つごとに違う、と考えたらいいのです。
ドルチェは「時間をとって、豊かにうたう」だそうです。「甘く」と答えた塾生が、それって具体的にどういうこと?と突っ込まれていました。
「うたう」という言い方も、「甘く」と同様に変ですよね。子供のころ先生に「うたって」と言われるたび、心の中で「バイオリンって弾くものじゃないの?うたえってどういうこと?」と思ってました。ですから今でも「うたう」という言葉遣いはレッスンでもあまりしません。
dim.(ディミニエンド、だんだん小さく)についても示唆がありました。主旋律以外のパートが先行して小さくなった方が、dim. がわかりやすい。自分が主旋律でないと思ったら先に小さくならないとダメ、と塾生が注意されていました。きっと対旋律や通奏低音を残したほうがいいケースもあるでしょう。
cresc.(クレッシェンド)もメロディを先行させるとわかりやすいけど、それがいい(音楽として素敵か)かは別問題です。
メンデルスゾーンのピアノが、優しく味わいのある音色で、聴いていて心地よい。仙腸関節がとても柔らかいです。パンフレットを見ると、映画「ピアノの森」で雨宮修平 役のピアノを担当、と書いてありました。
チェロの弾き方も観察。チェロの生徒(バイオリンの子供の保護者さん)が体の使い方についてのレッスンを受けにくることもあるので、知識として盗めるところはないか見ます。
公開レッスン、つまり塾生と先生の練習は3日間つづくのですが、録音を取っている塾生に大山先生は言いました。自分の過去の演奏を聴いて、そこから改善点を見つける勉強法は、必ずしもいいとは思わない。ボクは過去のヘタな演奏を聴きたくないから、昨日の録音は聴かない。昨日の自分と今日の自分は違う。昨日にいるのではなく、今日どうするか。
わたしも自分の過去の演奏は聴かないタイプなので、大山先生の話はとても参考になりました。自分のヘタさを、敢えて聴く必要があるときもあります。最近自分から逃げてしまったと思うのは、2年前のデュオコンサートで弾いた「序奏とロンドカプリチョーソ」を、客観的に聴く練習を怠ったことです。
我が家には、山口秀雄先生(のご遺族)から譲っていただいた室内楽のスコアやパート譜が、たくさんあります。室内楽のセミナー等で取り上げられる曲の多くは、書棚に楽譜が見つかるのですが、今回は珍しく1つもありませんでした。
それで聴講の途中から「拍子当てゲーム」をしていました。これが案外難しい。3曲全部で12楽章ありますが、2・4拍子より3・6・9拍子が多かったんです。交響曲や独奏曲は2・4拍子の方が多いと思います。室内楽ってそうなん!? 新たなる発見。
ちなみにメンデルスゾーンとブラームスは半々、フォーレが4楽章中3つが3拍子系でした。フォーレさんの3拍子系はヘミオラも多く、ふんふんと適当に聴いていると拍子がわかりません。(この分かりにくさが、娯楽の少なかった昔はクラシック音楽が親しまれ、現在は敬遠されがちになっているのだと思います。)
フォーレではずしまくったあと、3曲目のブラームス1楽章、バイオリン講師の威信をかけて?カウントしました。8分の9拍子かな? おそるおそるIMSLPでスコアを見ると、9/8でした。