バイオリン・ビオラの調弦、ペグとアジャスターのどちらでしていますか?
かっこいいからペグでする?
楽だからアジャスターでする?
どちらを選択するかは、もっと現実的な、自分に合った理由で決めましょう。
初心者さんはアジャスターを付けましょう。ペグでの調弦は難しいからです。
販売店には、お客さまのバイオリン歴を尋ねて、アジャスターの要不要を気にかける細やかさを期待したいところです。
カテゴリ「バイオリン・ビオラの買い方
左はテールピース一体型。右はL型アジャスター。
(1) アジャスターとは
①弦とアジャスターの歴史
バイオリンという楽器が出てきたころ、弦の素材はガット(羊の腸)でした。伸び縮みが大きいガット弦は、大きく動かせるペグでの調弦が合っていました。
ガット弦の次に登場したのは、スチール弦です。ガットに比べるとスチールは殆ど伸び縮みしません。スチール弦をペグで調整するのは、恐ろしくやりにくかったのではないかと思います。
そのあとにナイロン弦が登場し、現在の主流となっています。ナイロン弦とは、ナイロンや新素材の芯材に、アルミやシルバーなどの金属を巻き付けた弦です。ナイロン弦の表面をよーく見ると、斜めにシマシマになっています。
E線だけはスチールの単線が多く、スチールの巻き線もあります。ほかの弦は温度や湿度によって音程が上下するのに、E線だけ変わりにくいのは、E線の芯材がスチールだからです。
アジャスターが何年ごろに登場したのかは、分かりません。金属加工の技術が進歩して、日常生活の中の小さな道具にも金属が気軽に使われ出したころ バイオリン弦にスチール製が登場し、それを追うように金属製アジャスターが登場したのではないか、と想像します。
②アジャスターの利点と難点
基本的にアジャスターは、無いに越したことはありません。アジャスターを付けることによる難点は、たくさんあります。
●弦の、駒に当たる位置が変わる。テールピース側の角度が変わる
●重くなる(L型だと5gほど)
●構造が複雑になり、雑音などのトラブルが起きやすい
●音質が変わる、悪くなる、木質的でなくなる
それでも
●調弦が易しい
●精神的プレッシャーが無い
●微妙な調整ができる。演奏中もできる。
という大きなメリットがあります。
調弦に時間がかかると、練習する気が失せるし、練習時間も減ります。また開放弦の音程が正確でないと、音感を育てることができず、左指を置く位置の精度も高められません。
左からテールピース一体型、L型、分数バイオリン用
(2) アジャスターの形状
アジャスターの形状は大きく分けて、弦1本づつに付けるタイプと、テールピース一型があります。
① L型
世の中に最初に登場したL型は、一番でん!としていて、いかにも壊れにくそう。値段も安くて、可動域が大きく動かしやすいです。
最大の欠点は、テールピース側の弦長がかなり短くなること。またネジを押し込みすぎると、バイオリンの表板を傷つける危険があります。
バイオリンのE線には、ボールエンドとループエンドがあります。L型にはボールエンドの弦を用いますが、間違ってループエンドを買ってしまっても付けられないことはないです。
バイオリン・ビオラいずれも、L型アジャスターを自分で購入するときは、弦のボールを引っ掛けるところの幅にご注意ください。「普通」と「幅広」の2タイプがあります。通常バイオリンであれば、スチール単線のE線には「普通」を、それ以外には「幅広」を用います。
幅はメーカーにより微妙に違います。2タイプに分けていないメーカーもあります。弦の太さもいろいろなため、L型アジャスターと弦の組み合わせによっては、はまりにくいことがあります。
② ヒル型
ヒル型は、L型の欠点を解決するタイプとして登場しました。(と思います。)
●テールピース側の弦長が短くならない
●ネジを押し込みすぎて表板を傷つけることはない
●小さくて軽い
しかしL型にはない欠点もあります。
●鉤 (カギ) の部分で弦が切れることがある。切れることを知っている職人さんは、角の鋭さを確認し、やすりで削るなどしてからアジャスターを取り付けてくれる。その部分を改善したメーカーもある。
●引っ掛ける鉤が大きい(背が高い)ものは、駒からテールピース側への角度が浅くなる。鉤が小さいほど弦の角度は自然になるが、鉤が小さいほど壊れやすいといえる。形状や材質の選択肢が多いので、なにを選んだらいいか相談できる所で買うといい。
●L型より少し高い
●可動域がやや少ない
●機構が小さいので壊れやすい
弦はループエンドでなければ付けられません。ラジオペンチでボールを取り除いて付けることもできますが、ボールはかなり外れにくいです。ボールエンド/ループエンド両用という弦もあって、これはボールが外しやすくなっているようです。
③ 分数バイオリン用
弦のテールピース側をはずさないと付けられないL型/ヒル型と違い、弦をゆるめるだけで取り付けられます。が、フルサイズの楽器には向きません。楽器に比べてアジャスターが小さすぎるのです。(フルサイズ用の、この形状のアジャスターがあってもいいと思うのだが。)
弦をはさむ隙間の幅も2種類あって、E線には「普通」、ADG線には「幅広」を使います。ネジの可動域も小さく、押し込むほどに硬くて動きにくくなりますが、昔からある単純な形状で、安いです。
④ テールピース一体型
4弦全部にアジャスターを付けるなら、一体型がお勧めです。
テールピースとアジャスターが、プラスチックの一体成型になっており、全ての弦をはずしてテールピースごと交換します。テールピースを外すと一旦エンドピンがゆるみ、取りつけるテールガットの長さ調節もいりますから、工房で交換してもらうのがベストです。
構造を理解していて、工作が得意な人は、自己責任で交換することもできます。
2020/10/28 アジャスター内蔵テールピースへの交換
ウィットナー社以外のものはお勧めしません。ネットの格安バイオリンに「もどき」の製品が付いてくることがありますが、数週間~数年で壊れることを何度も経験しています。正規の楽器店や工房では100%ウィットナー社を使っています。
●テールピース側の弦長が、最もアジャスター無しに近い
●ネジが回しやすく可動域もある
●すっきりしている
●材質がプラスチックなので壊れやすい(でも遭遇したのは1回だけ。40年前の1/4バイオリン)
●音質への影響
テールピース部分が木製のタイプもあります。アジャスターはプラスチックで、ネジの可動域は少なめです。
(3) 調弦できるペグとは
調弦できるペグとは
(a) ペグと穴がぴったり吸いついている
(b) ペグソープが塗ってある
(c) 回すのに力がかけやすい向きになっている
①楽器を引きわたす時にされるべきこと
専門の楽器店や工房では、仕入れた楽器のペグが未調整であれば、お客さんに引きわたす前に調整します。安いセットバイオリンでアジャスターがついていれば調整しませんが、数十万円以上の価格帯の楽器であればペグは調整してから販売します。
私が長年お世話になった大阪の職人さんは、取り扱うすべてのバイオリン/ビオラ/チェロで (a) (b) (c) をしていました。
しかしペグが動かずアジャスターも付いていないバイオリンを見かけることは、そう珍しくありません。様々な楽器をあつかう楽器店の店頭にしばしば並んでいます。ネットで安く買った古いバイオリンの多くもそうです。
自分の楽器の、ペグの先端を見てみましょう。穴の際に、きれいにペグの先端が来ていますか? ペグとペグ穴は摩擦で止まっており、なめらかに吸いついている面積が広いと安定します。しかし調弦のため動かしているうちに材が歪んできて、接触面積が少なくなってゆきます。
穴から先端が出すぎているのも、木が縮んだかメンテナンスで削ったかで、ペグが消耗している証拠です。
私が子供のころの分数バイオリンは、ペグが回らず、アジャスターも付いていませんでした。アジャスターは先生か母が付けていました。
昨今は十万円以下のセットバイオリンでも、メーカー出荷時にウィットナー社の一体型が付いているものが増えてきました。
ペグも、メーカー出荷時に、回るよう調整がされているものが増えてきました。ペグの知識がない購入者・販売店でも取り扱えるよう、多様なチャンネルで売りたいグローバル企業の戦略ではないかと。
弦もドミナントが張ってあるものが目立ってきました。分数バイオリンは使いまわされることが多いので、これまで安くて切れにくいスチール弦が張られてきました。ドミナントが張られると それだけでバイオリンの鳴りが良くなり、楽器が上等そうに見えます。
②自分でできること
バイオリン/ビオラを買ったあと、ペグのコンディションは自分で面倒を見なければなりません。ペグは調弦で動かしていると、だんだん滑りが悪くなってきます。ペグが回りにくくなってからペグソープ塗ろうとすると、一旦弦を外して、再び張らなければなりませんので、弦を交換するときに塗っておきましょう。
ペグソープの塗り方は、ビデオで見ることができます。
2020/09/08 バイオリン・ビオラ 弦の交換方法
ペグの角度も、「ペグ調弦をするとき力の加減がしやすい向き」にしましょう。ナイロン弦は張ってから1週間で1/4周くらい伸びます。ですので、弦が伸びたあと丁度よいペグの角度となるよう調整しましょう。
ペグの角度がよければ、アマオケの一斉チューニングでペグ調弦するのも恐くありません。恐いから動かさない、押したり引っぱったりしてごまかす、それではいい音程で演奏できません。
私のバイオリン(左)と、ビオラ(右)
(4) 今のアジャスター事情
①バイオリン
バイオリンのE線にはほぼ必ずアジャスターが付いています。弦の張りが強く、ペグでの微調整が難しいからです。分数バイオリンはEAの2本に付いていることもあります。
E線のアジャスターは、安い楽器にはL型、高い楽器にはヒル型が見られます。ヒル型のほうが後から登場しており、値段が高いからだと思います。
ADG線ですが、分数バイオリンや初心者さん向けセットには、最初からテールピース一体型がついているものが増えてきました。中古バイオリンには、まだまだ一体型が付いていないものが沢山見られます。
アジャスターを追加したいとき、アジャスターのタイプを変えたいとき、(2)アジャスターの形状 を読んで自分好みにしてもらって大丈夫です。
②ビオラ
ビオラも第1弦のA線にアジャスターが付いています。なぜかL型しか世の中に存在しません。
L型アジャスターを付けると、弦の駒に当たる位置が2cm変わってしまいます。弦は厳密に設計・開発されているので相当な狂いです。
ヒル型でビオラに付けれるものがあればいいのに、と思うのですが見当たりません。ヒル型が登場しないのは、ループエンドの弦がないから、でもあるのかな。分数用もありません。
バイオリンに比べるとビオラは大きくて重たく、ベグも遠いので、ペグ調弦がしにくいです。そのためか、A線以外にもアジャスターを付けている演奏家を見かけます。A線にアジャスターを付けないこともあるようですが、試してみたところペグがかなり回しにくくて、諦めました。
③チェロ
チェロはペグ調弦はしません。固すぎます。アジャスターで調弦します。(ガット弦というレアな例外は除いて)
一番よく見かけるのはウィットナー社のテールピース一体型です。次に見かけるのはL型を4弦に付けているもの。ビオラ同様、チェロにヒル型や分数用はありません